第61話 頼む、間に合え!


 ザラメは数回、円卓とキッチンを行き来し少しの作業スペースを残して食材を揃え終えた。銀色の離島キッチンは横に関して言えば家庭用の三倍くらいはある大きさだが、雑多に並べているのでほとんどスペースは残っていない。

 子供用で量が少ないとはいえ弁当三十個分だ。一人で作って盛り付けして合計一時間半はかなりシビア。仕込みもない、大量調理用器具だってないし作る物も手間がかけられない。

 あらかじめ作る物を決めていた訳じゃないから品数を制限したり、盛り付けスペースを作ったりと時間配分的にもかなり戦略が強いられる。

 まずザラメは大きめの鍋に牛乳数リットル、黒糖、クリームチーズを入れよく混ぜてから火にかけた。その横で一メートルくらいありそうな鉄鍋に大量の油を注ぎこみ同じく火をかける。

 ガスコンロは大きなものが三つあり、最後の一つ卵と水を入れた大きめの鍋が場所を埋める。

 牛乳や油の温度が上がるまでの間、量を計算してお米を研ぎ、キッチンに隣接して設置されている大きい釜へセットした。大きめのキャベツ三玉の皮を剥ぐ。それを横一閃に切ってから千切りを始めた。

 現段階ではザラメが何を作るのか分からないけど、俺が来る前から彼女はテトラの料理過程を、そして今は俺のやり方をずっと見て来た。

 メニューだって一年以上やっていれば数十種類は頭に入っているだろうし、テトラと俺の料理も毎日試食して「正解だけ」は分かっている。

 主導でやったことがないだけで下地も経験も十分にある。

 あとは頭に思い描いた正解を導き出す事が出来るかどうかだ。

「向こうも重い腰を上げたみたいだぜ」

 コムギが言うので見てみるとカロテが悠々としながら円卓へ向かっていた。何か作るつもりなのか?

 もう一方、エンソは包帯がグルグル巻きになった手をぶら下げたまま、片手で器用に何かを切っていた。あれで食材の皮むきとかできるんだろうか。


 ザラメは少ししてから牛乳の方の火を止める。そして生クリーム、バニラエッセンス、と目の細かいざるを使って溶いた卵を投入していく。

 成程、これはあれだな。小さな耐熱カップに移しオーヴンに入れるまでの間他にも色々手間を加えていたが、これはザラメが自分で調べて会得した物で俺は何をしているかわからない。

「ザラメさん、油の温度大丈夫ですか?」

「あっ、そうだ……!」

 普通にあるキッチンだとしたら設備は整っているが、店にあるようなフライヤーがある訳じゃない。温度管理は自分でしていかなければならない。慣れていないと非常に難しい工程だ。

 衣の具合で油の温度を測り、小さく頷く。開いたコンロに大きめのフライパンを火にかけた。

 どうでもいいけど火が灯る度にコムギが小動物のように体をびくりと震わせる。奇声を上げないだけ成長したな。小さく「ぅ」と漏らしてはいるが。

 キャベツを切り進めつつ卵の火を止め、冷やす。そうしながらもう二つ食材を用意した。ハンペンと小さい海老だ。

 付け合わせはサラダ菜とかを敷く程度にした方が良かったろうに……。成長した所をあいつに見せたかったのかもしれない。

 バレていないつもりだろうが、ヤトコはこっちをチラチラと確認していた。


 そう言えばカロテは何をしに来たのかと見てみたが、いつの間にかキッチンへ戻っていた。パイナップルがまな板の上でバラバラに解体されていて、その欠片を自らの口へ放り込んでいた。

 自由すぎる。


 ザラメはキャベツをほとんど切り終えて水に晒し、向いた海老とはんぺんを包丁で叩いて合わせ下粉を省略して卵とパン粉を塗していく。

 なかなかいいペースだが、難しいのはここからだ。

 温度計が何度になっているか分からないがザラメはバットに広げたタネを一枚一枚慎重に入れて行く。バチバチと水の切りが甘い音がした。

 鉄鍋の表面がいっぱいになると同時に火を通していたフライパンに油を引いてウィンナーを転がす。少し温まった所で水を入れ弱火にしてから蓋をした。その間に茹で上がった卵を剥いていく。

 一つ一つ丁寧に殻を剥いでいく。その間に片面だけ色が違わないように揚げ物をひっくり返して……と、相当忙しい。

「あっ」

 ザラメが小さく声をあげた。見ると狸色をした揚げ物が出来上がっていた。やっぱり少し焦げたか……ここで止まらずに更に投入して油をかき混ぜたり弱火にしたり、色々やる必要がある。教えてはいたが、出来るだろうか。

「ザラメさん、手っ取り早く温度下げるなら、油を足した方が早いです」

「う、うん、わかった」

 思わず助言してしまった。ザラメは油を取り出して鉄鍋に足す。

「じれってー!手伝いたくなる!」

 コムギが首を掻きながら喚く。その気持ちはわからんでもない。何も言わずに見守っているテトラも尻尾が盛大にうねっていた。

 卵を潰して調味し他にも別のソースを二種類作っている。揚げ物の様子を見つつキッチンの上にある残った物を全てシンクに詰め込んだ。

 ダスターで素早く拭いて綺麗にしてから場所を確保する。運営が用意している弁当箱、乗り切らないのでとりあえず半分の十五個並べた。

 経過時間は一時間くらいでかなりバタバタだ。

 メインの揚げ物は最初の方は焦げたがコツを掴めたのだろう、色はバラバラだけど二週目あたりからちゃんとキツネ色のこんがりした「エビカツ」が出来上がった。

 子供にしては少し大きい楕円形。それを包丁で二つに切る。太めの千切りになってしまったが、シャキシャキとした新鮮なキャベツの上に二子山のようにそれを盛った。

 その一つにタルタルソース、もう一つにケチャップとマヨネーズを混ぜたオーロラソースをたっぷり塗る。本当のオーロラソースはベシャメルだのバターだの使う訳だがさすがにそんな暇はない。

 空いたスペースに一口より少し大きいサイズのプリンを乗せ、カラメルソースをかけた。さっき作ってたのはオーロラとカラメルだったか、中々やるな。

 手前にご飯を盛り、海苔を簡単に切って笑顔を作る。ご飯とエビカツの境界の端にこれまた顔の付いたタコさんウィンナーを添えて完成だ。日本式なのは俺の影響だろう。

 子供用とは言え、手間のかかる盛り方だ。大分攻めるな。見本を一つ作って、それを参考に食材をひとつづつ片づけて行く。

 最初の十五個を詰め終わって残り約十五分。平均して一つに一分はかけられない。ギリギリだ、間に合わないかもしれない。

「ザラメさん、一番端! ソース塗り忘れ!」

 ザラメは息を切らしながらそれでも雑にならないよう盛っていく。

 こんなに真剣に立ち回るザラメを初めて見た。

 あっという間に残りはあと一つ、最後の弁当を盛り終わるか、ヘイゼルの声が先か。

 頼む、間に合え!

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