第60話 皆ありがとう。でも大丈夫。

 エンソのペースに飲まれ静寂に包まれていた会場が沸きに沸く。悲鳴など一切ない、サッカー選手が点を入れた時のサポーターくらい喜々としている。

 ジアの「何してんのー!」と言う声が聞こえる。全く持って同感だけど、あれは勝負に影響が出ると言う意味で非難しているのだろう。

 チラっと確認すると案の定カルダは喜んでいたし、カロテも眼鏡を押さえながら愉快そうに笑っていた。

 素敵な世界だな、全く。

「ザラメさん、大丈夫ですか?」

 ザラメは悪魔には珍しく気が弱い、基本的には。あんな物を見せられたら気圧されてしまうかもしれない。応急処置的な物を施されているエンソを見つめたまま、微動だにしない。

「うん」

 声は小さかったがはっきりとした口調だった。いつものザラメならあり得ない事だ。

『こほん。少しトラブルがありましたが決闘を続行します。あんまり勝手な行動はとらないように。私もたまには怒りますよ』

 ヘイゼルは子育てに疲れた主婦めいた顔をした。

 真ん中に再び白い円卓と食材が運び込まれていく。一回戦の時よりも量が多く、四メートルくらいはあるだろう円卓から食材が零れ落ちそうだ。

『制限時間は一時間半とします。それでは、調理を開始してください』

 色々な不安要素を残しながら、第三回戦が開始された。

「ザラメ、知恵を貸すわよ」

 珍しくテトラが声をかける。さっきまでの経験上、手を出すことは許されていないが助言は許されているらしい。事細かく言うとアウトかもしれないけど、ある程度の助けにはなるはずだ。

「俺も何か案出しますよ」

「私もメニューだったら考えられるぜ」

 ザラメは円卓へ向かう前に俺達へ振り向いた。

「皆ありがとう。でも大丈夫。自分でやらないと意味ないと思うから」

 まるで別人だった。いつもの気弱や、暴走している時とはまた違う、新しい側面を見せられた気がする。

 少し大きくなった背中は食材を取りに円卓へ向かった。

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ。なんで私の部下はこう、肝心な所で頑なに馬鹿なのかしら」

「上司に似たんじゃないですか?」

「何て?」

 テトラの殺意の籠る声色。俺はコムギの影にそっと隠れた。

「私はちゃんとザラメの実力を見た事ないんだけど、正直どんなもんなんだ?」

 コムギはテトラになのか俺になのか分からない聞き方をする。

 ザラメの実力か。デザートは最初から気合入っていたのでかなり上達したけど、他は一般人程度にとどまっている。

 料理には努力で到達できない領域がある。

 ザラメはきっと、その領域には行けない。

「コムギさんよりマシです。今は」

 そう言う意味でザラメがこの場に立つのはかなり厳しい。悪魔の肉弾戦の中に俺が放り込まれるのと一緒で、鍛えた所で真正面からは勝てない。

「あんまり参考になんねぇな」

「自分で言わないで下さいよ」

 しかし今回は相手が手負いとやる気なしの異色な対決なので、どうなるかはわからない。やる気なしは勿論カロテの事だ。負けたい彼にとっては好都合だろう。


 会場の喚声の中に明らかに異質を放つ悪声や尖り声が聞こえる。それはバールゼーブ側の二階席であり、全てがカロテに向けられていた。決闘なのに何もしないから盛り上がらないのだろう。

 エンソとザラメが円卓で食材を選ぶ中、カロテはキッチンで突っ立ったまま欠伸をしている。ダスメサやエンバクが取り乱さないのはわかるが、最後の出番の悪魔が慌ててカロテを鼓舞しようとしている。

 ザラメはとりあえず一通りの調理器具、人参や玉ねぎなどの常備野菜を大量に担いできた。何を作るのか聞こうと思ったが、黙って見護る事にしよう。これは彼女の戦いだ。

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