第59話「これで勝ってみせるよ」

『これより三回戦を行います』

 ヘイゼルの声に馬鹿の一つ覚えのように会場が沸く。空席は見た限り見当たらない。

 いよいよ後半戦だ。泣いても笑ってももうすぐ決着がつく。今回で付いてしまうかもしれない。

『出場者を発表します』

 円卓の傍にいるヘイゼル、淡々と進行しているが彼女も心情はあまり穏やかじゃないだろう。

『バールゼーブ、ベルゼビュート』

 最初に呼ばれたのはベルゼビュート、つまりカロテだ。眼鏡を人差し指で上げて、ゆっくり立ち上がる。ボスの登場にお決まりの喧騒。テトラとバトラが出てしまった訳だし、最後の大盛り上がりかもしれない。

『シュトレイトー、エンソ』

 次に呼ばれたのはエンソだ。大きな体をもったりと動かし、カロテよりも大きな動作でキッチンへと進む。カロテとは質の異なる悠然な態度。

 成程、ここでエンソ。つまり、四回戦はヤトコと言う事だ。今回で最後に誰が出るかまでわかってしまう。

『テトラ弁当、ザラメ』

 ……そしてウチはザラメだ。

 俺は自分が最後だと事前に知っていた。テトラの意向を組んで二人には告げなかったが、これでよかったのだろうか。

 一般人以上お店未満のザラメ、手加減をすると宣言したエンソ、勝つ気のないカロテの三つ巴。どう転ぶか全く予想がつかない。

「ってか今更ですけど、カロテさんも出るんですね」

「元々、あいつの弟が参戦する予定だったんでしょう」

「カロテさん料理できるんですかね」

「さぁ。でも、これは運が良いわ」

 テトラの発言の意味がわからない。

「運が良いって、なにがですか?」

「すぐにわかるわよ。まぁ、ザラメがそこそこの物を作らないといけないのは変わらないけど」

 いや、教えてくれよ。説明が面倒くさいだけだろ。

「ユキヒラ君」

 テトラの発言の真意を考えていたため、俺は反応が遅れる。ザラメはキッチンを見たまま清閑な顔つきで立ち上がっていた。

「さっき言われたこと……もっと真剣に考えるね。やっぱり、人間て凄いな」

「……別に凄くないですよ」

 歪んだ生い立ちなのに、頑張ってるそっちの方が凄いんだよ。

「応援してます」

 ザラメは力強く頷き、前に進み勇を鼓してキッチンに立った。

「ねぇ。さっき、て何よ」

 黙って聞いていたテトラが横から入って来る。尻尾がくねってちょっと不機嫌そうだ。内容と言うより内緒話をしていた事自体が気に入らないっぽい。

「ザラメさん、この勝負に負けたら死ぬ気ですよ」

 テトラは片眉を吊り上げたままザラメを見る。

「私に借りを返す前に死んだら殺すわ」

 負けたら死ぬと言っている奴に殺すは脅しにならないぞ。死んだら殺せないし。

『それでは、勝負内容を発表します』

 ヘイゼルは残りの七枚を選んで、迷いなく一番端に居た悪魔から引き抜いた。

「三回戦目のお題は「子供が食べるお弁当」になります」

「……!」

 子供に提供する、弁当だと。

 俺はカルダを確認した。あいつが理事会代理で参加した理由が、今わかった。

 これは間違いなくカルダが出したお題だ。あいつは俺のトラウマを知っている。子供に食事を作ることに抵抗がある事を。

 俺にやらせようとしていたのだろう。カルダは額に手を当てて残念そうに首を振っている。ざまぁ見やがれ。

『尚、この料理は近隣の教育施設の夕食として配達します。我々の審議用を含めて三十四個お願いします。制限時間内に指定された数を作れなかった場合、失格とします』

 ザラメの拳がぎゅっと握られる。お題は何かの単品料理ではない、彼女が二年近く携わって来た弁当だ。細かい指定もないので苦手分野は自分から避けられる。

 そういえばエンソは手加減するって言ってたけど、素手で戦う訳じゃないし料理で手を抜くってどうするつもりだ?

『制限時間――』

「ちょっと待った」

『――わぁ!』

 ヘイゼルの驚いた声にこっちも驚く。勝負内容の辺りから半ば流し気味に聞いていた悪魔も多く、大勢が何事かとヘイゼルを確認する。

 エンソがヘイゼルの後ろで、友人でも発見したように大きな手を掲げている。

『この勝負、普通にやったらつまらないだろうから、ハンデあげるよ。ハンデ』

 悪魔達が騒めく。何かの演出に思っている節もなく、中断したエンソに対して罵声まで飛び出した。彼女の突拍子ない行動にシュトレイトー陣営も驚いている様子だ。完全に自己判断でやっているらしい。

 エンソは懐から何かを取り出して手を空へ上げた。そこに握られているのは会場の照明をギラギラと反射させる銀色の刃物。

 警備課の悪魔達は咄嗟にヘイゼルに向かって駆け寄ろうとする。

 ヘイゼルは取り乱す事無くその刃物を睨みつけている。

 そしてエンソは握っている包丁を振り下ろした。

 自分の左手に。

 手品のように手の真ん中から包丁が飛び出ていた。エンソの手から真紅の液体が零れ落ちるのがここからでも見える。理解不能な行動に、ヘイゼルも難色を隠せていない。

 一番動揺している拡声器役の悪魔を手繰り寄せ、エンソは全く痛がる様子もなく口を開く。

『私は今から片手が使えない。これで勝ってみせるよ』

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