第63話 完全に油断した。

 最後の休憩が挟まれたものの会場の熱気は冷め止まない。

 シュトレイトー、バールゼーブ、そしてテトラ弁当。休憩時間終えそれぞれが会場に集まる。

「……あれ」

 違和感にすぐ気が付いた。バールゼーブ側にカロテ、ダスメサ、エンバクしかいない。もう始まるのに、緊張で腹でも下したか?

『それでは四回戦を始めます。バールゼーブ……は、最後の一人、どこです?』

 会場の勢いの腰を折り、読み上げようとしたヘイゼルは言葉を止める。カロテもダスメサも見合って首をかしげている。

『心当たりがないのであれば、我々が捜索し見つかるまで決闘は保留になります』

 突如ブーイングの嵐が起こる。それ、もう不戦敗って事にならないかな……。

 ヘイゼルと話し合いをする運営の行く末を眺めて居ると、会場のボルテージが徐々に下がっていくのを感じる。ぽつりぽつりと土砂降りの雨が短時間で止んで行くようだった。

 しかし土砂降りの止んだ理由は中断されているからではなかった。バールゼーブ側にあった入口から一人の悪魔が現れ、ヘイゼルに向かって歩いて行く。

 その悪魔はカロテと全く同じ顔だった。

 違うのは絹のような銀髪と病院服のカロテに対し、宵闇色の髪と軍服めいた服を召している所。

 カロテよりも目つきが鋭く、同じ猫でも野良猫と家猫で差が出るくらいの顔つきだ。

 席に付いているカロテは自分と全く同じ顔を動揺せず眺めていた。

 そのカロテに瓜二つの悪魔は、ヘイゼル含めた理事会と何か話を始める。会場がざわつく中、拡声器役の悪魔をカロテに似た悪魔が強引に引き寄せた。

『初めまして、皆さん。俺はベルゼビュートの弟、フラボだ。最後に俺が出場した方が皆も面白いと思うんだけど、どうかな?』

 足元から鳥が立つように現れた悪魔は、軽快に告げた。

 あいつがカロテの弟と言う事は、トイレから出られなくしたってやつか?

 ……下痢は大丈夫なのか?

「面倒な事にならなきゃいいけど」

 テトラが首を捻る。バトラの顔つきも険しい物になっている。決闘に勝ったとしても、そのあと変な事に巻き込まれるなんてごめんだぞ。

 会場の勢いが再び戻る。村雨に俄雨、でも今度の強さはゲリラ豪雨だ。全く知らない悪魔が出てくるより盛り上がるのは当たり前だった。

 こうなると後に引けない。ヘイゼルは理事会と相談し倦怠の色を見せた。拡声器役の部下を丁重に取り戻してから、謹厳な面持ちで会場に声を放つ。

『バールゼーブの出場枠は、たった今到着した先代ベルゼビュート、フラボに決定です。元々彼は出場する予定だったので、出場を認めます』

 理事会が協議したらそうなるだろう、少なくとも四名はバールゼーブの手のものなんだから。フラボは和やかな顔をしながら会場へ手を振り、椅子に座るカロテと対峙した。

 カロテは相変わらず悠然とはしているが心中穏やかではないだろう。

 会場の声にかき消されないよう、少し大きめの声でヘイゼルは言い放つ。

『続けます。シュトレイトーの出場者は、ヤトコ』

 ヤトコは身軽に立ち上がり、キッチンの前に立つ。普段台所に立つくらいの自然さで銀色のテーブルの前に佇んだ。本当、人間のくせに大した根性だ。

『テトラ弁当。ユキヒラ』

 聞いているのか居ないのか、会場の熱気は平行線を辿った。

 俺、ヤトコ、フラボは遠目に見合う。

 ヘイゼルは残り六枚になったカードを取る。玉子料理、魔界料理、子供に提供する料理と来て、最後はなんだろうか。とりあえず俺の中で決闘では避けるべきお題は出てしまったので、最悪の事態は防げるだろう。

 魔界料理、みたいな予測不能な物が来ない事を祈る。

『勝負内容は……あれ、ちょっと待ってください』

 会場が騒めく。再び何か問題が起きたらしい、ヘイゼルは運営委員を呼び寄せ今までのお題のカードを確認した。

 月夜に釜を抜かれ、理事会の一人を睨む。ヘイゼルが注目していたのは位置的にカルダだった。

『失礼しました。四回戦の勝負内容は、子供に提供するお弁当です。偶然にも三回戦と同じお題です』

「……は?」

 反射的に俺はカルダを確認する。やつもこっちを見て気味の悪い笑壺に入っていた。あいつ……もしかして他の三人も同じお題にさせたのか? そうすると当たる確率はグッと上がる。

 ザラメの時に残念そうにしていたのは演技で、来るか来るかと待ちわびていたって事か?

『被りましたが、四回戦目も子供には提供はします。数は同じ、試食用を含めて三十四個。制限時間も一時間半です』

 心臓が早鐘を打つ。

 飲み込もうとした唾が戻って来る。覚悟して来た事なのに「今回はもうない」と一瞬の隙をついて、体中を串刺しにされる。

 完全に油断した。

 真ん中の円卓へ再び食材が運ばれていく。何もなかった白い円卓の上にいつの間にか大量の食材が並び、準備が完了していた。

 テトラ弁当のメンバーに何回か呼ばれた気がしたけど、俺の意識は時を削り取られた感覚だけが残っていた。

『それでは、始めて下さい』

 ヘイゼルの声が虚しく体を通り過ぎる。

 頭が真っ白で体が動かない。

 俺が殺してしまった子供と、その両親の顔がふと頭をよぎる。

 子供のころから蓄積して来た料理のメニューも、今だけは完全にリセットされていた。

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