第57話 死ぬなんて聞いてない。
三回戦までの間、三十分の休憩時間が設けられた。
「ヤベーだろこれ、テトラが負けるって」
椅子に座り、腕を組んだままじっと俯いていたテトラが顔を上げる。そこには悔恨も、焦燥も、観念もない。ただ事実を受け止め、それでも一回戦の時と変わらない挑戦の表情だった。
「後は任せたわよ、二人とも」
二人、とは俺とザラメの事だ。投げやりとか適当な感じじゃなく、プレッシャーをかける訳でもなく、ただ俺達に信頼と期待を寄せる言い方。
二回戦の勝敗が決まってからザラメは一度も口を開いていない。俯き、髪で顔を隠している彼女が何を考えているか見当もつかない。
ザラメはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「ちょっと、ヤトコちゃんのとこ行ってくる」
ザラメがシュトレイトーの元へ、単騎で突っ込んでいく。今の精神状態では何をやらかすか分かったものじゃない。
「テトラさん、ザラメさんが行っちゃいますよ!」
「そうね。ケジメ付けに行くだけでしょ」
「そんな楽観的な……。ザラメさんが頭おかしいのは知ってるでしょ」
「たまに容赦ないわね、あんた」
こうしている間にもどんどん離れて行く。
「あぁ、もう、俺は止めてきますからね!」
「はいはい」
犬を追い払うように俺に手を振る。既に向こうのキッチンに到着しているザラメを俺は小走りで追いかけた。
既に四名から冷たい視線を浴びているザラメの元へたどり着く。ザラメはヤトコの正面に対峙しており、ヤトコ以外の注意が俺へ向いた。
「ザラメさん、何やってんですか。戻りますよっ」
ザラメの肩に手を置くが普段と違ってビクともしない。石化の魔法をかけられて足が地面に固定されているかのようだった。
「ほら、お迎えが来たわよ」
バトラが俺を見ながら言うが、ザラメは無視してヤトコを見つめている。
「ちょっとちょっとー、何バトラ様を無視してるの?」
「ジア。まぁ聞こうじゃないの。今暇だし」
立ち上がったジアを制止したのはバトラではなく、俺に飴を寄越したエンソだった。ジアは舌打ちしながら黙って座り、頬を膨らませてムスっとした。この二人、上下関係はエンソの方が上らしい。
ザラメはエンソを一瞥した後、ヤトコに向き直った。
「この決闘に負けたら私は、今度こそ命を絶つよ。ヤトコちゃんが戻らないなら、生きている意味ないから」
風の入る隙間もないくらい冷淡な言葉だった。エンソが面白そうに聞いているだけで他の者の表情は変わらない。
だが俺は死ぬなんて聞いてない。
「だから?」
ザラメの迷いない言葉より鋭く、急所を狙うようにヤトコが言い放つ。
「別に。ただの落とし前」
「勝手にしなよ、どうでもいい」
ザラメはすぐにヤトコから背を向ける。
そのまま俺の横を通り過ぎた時「待って」と収まりの付かない声が聞こえた。ヤトコの声だ。
「私も言い残した事がある」
その無表情から出たとは思えない、風雪に耐えるような言霊だった。
「どうしてお父さんを殺してでも止めてくれなかったの。何で探しに来てくれなかったの」
歩き始めたザラメは止まり、力のない操り人形のようにぐらりと揺れた。
「私が売り飛ばされて、どんな目に遭って来たと思う? 心が壊れきってから、やっと差し伸べられた手はお前じゃない。バトラの手だ。死んでも帰らないよ、お前の所になんて」
聞いているだけで胸が苦しくなる台詞だった。地獄の底から絞り出した厭悪と、愛憎を織り交ぜた物。
再び振り返ったザラメの手は震えていた。
「毎日、街の外まで探しにいってたよ。でもみつからなかった。みつけられなかった」
後半、ザラメの声はほとんど泣いているようだった。
無知な悪魔が悪くないのはヤトコも分かっているはずだ。
ヤトコの臆病な部分を取り除くには時間がかかる。
心を壊していった時間と、同じくらいの代償が要るだろう。
「……ザラメさん、戻りましょう」
二人の気迫からか全員が黙ってしまっていた。ザラメは立ち止まったままだし、ヤトコも俯いたまま追撃をしてくる節はない。戻る事が好手だと思い肩に手を伸ばしてザラメを誘導する。
ザラメの石化は解けていて、逆に今度は空気の如く俺の手に従った。
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