第55話「眼球の実、ディアボラ風ソテーよ」
「テトラさん、大丈夫ですか!?」
やっとテトラが帰って来た。食材を取りに行っただけなのに、あんな大事になるとは思わなかった。発端はバトラだけど、途中ドンパチが始まってかなり肝を冷やしたぞ。
「それより、クソジジイは?」
「それよりって……」
大事と思っているのは俺の方だけらしく、目玉めいた実をキッチンの上にゴトリと置きエンバクの動向を確認している。
「近くで見ると余計にキモいな、それ」
「こ、こっち見てる……」
コムギとザラメはキッチンの上でギョロリと目を動かしている実を観察していた。大きさは俺の握りこぶしより少し大きく、完全な球体ではなく所々に凹凸がある。
実全体は赤黒い色をしていて、中心の眼のようなものがぐりぐりと動いていた。生理的に距離を置きたくなる挙動だ。
「どうやって調理するんですか?」
テトラは黒いエプロンを身に着け、髪を後ろで一つに縛りポニーテールにする。
「原生生物は基本的に外殻が硬くて重い。まずはそれをどうするかね」
言われてみれば、テトラがこの身を置いた時に鈍い金属音がしていた。もしかしたら見た目に反して相当重いのかもしれない。
テトラは身支度を終えると中央に機材を取りに行った。数種類ある包丁を品定めし太い出刃包丁のような物を選び取った。他の調理器具は切ってからきめるらしく、まな板を持ってすぐ帰って来る。
目玉の実を何度かまな板の上で転がし、一番刃の通りそうな場所を探す。包丁を逆手で持ち狙いを定めた。
振り下ろすと、ガシュ、と言う銀紙を握りつぶした意外な音がする。すぐに実の包丁が刺さった部分から桃色に赤みが混じった物体がはみ出してきた。それはどんどん溢れて来て、握りこぶしに入っていたとは思えない量になった。
グネグネとした形状と色合いから豚や牛の小腸を思わせる。
「……なんですか、この臭い」
魚の生臭さと肉のドリップを混ぜたような腐敗臭が鼻を突く。食事の前に嗅いでしまったら三日振りの御飯でも食欲を失くすだろう。急いでこの場から立ち退く程ではないけど、軽く顔を覆いたくなるくらいには刺激的な臭いだ。
コムギとザラメは顔をくしゃくしゃにして鼻を押さえ、最低限の呼吸をしている。
「臭い?」
テトラは指で桃色の物体を突いていた。見た感じ柔らかく張りがあり、水風船と白子の中間くらいの硬さのようだ。よく触れるなそれ。
「どんな臭いか教えて。大体で良いわ」
「え?わ からないんですか、この異臭」
「いいから早く」
目の前に居るテトラが一番感じるはずなのに、どういう事だ? とりあえず俺は思ったままの臭いを伝える。
「成程ね。それなら腐った肉として扱う事にするわ」
テトラは顎に手を当てて実の中身を眺める。程なくして調味料を取りにに中央へ向かった。時間は既に三十分を過ぎている。
テトラが持って来たのはニンニクや鷹の爪、あとローリエと、ローズマリー、クローブ、その他オリーブオイルやブラックペッパー、塩などの基本調味料と香辛料だ。
メインの食材以外は人間界の物使えて本当によかったな……。
今持って来たもの以外に調理器具のバットとフライパンがある。テトラは中身を流水で洗い素早く切り開き、バットにそれを引いて臭い消しの元達を引いた。
普通ローリエなんかは多くても二、三枚だけど、鷲掴みにした量をばら撒く。落ち葉に埋もれた肉塊が出来上がった。
それを寝かせている間に備え付けてあるオーブンの予熱に入る。
何かめちゃくちゃ手際良い……いつも手抜いてるなこいつ。
「さて、あとは味付けして焼くだけね」
「え、それだけですか?」
「魔界料理はシンプルな物が多いのよ」
テトラは手を洗った後、別のキッチンを睨んだ。バトラは忙しなくも優雅に動き、エンバクは椅子に座っていた。恐らくはテトラと同じように食材を寝かせているのかもしれない。
一時間ほどして実を取り出し、ささっと下味をつけた。ニンニクや鷹の爪なども全て予熱してあったオーブンに並べ、一気に焼き上げる。
数分後、それを取り出して用意していた皿に肉だけを並べた。表面はパリパリに焼かれていてさっきまでの嫌な異臭はまるでない。少し焦げているが見た目は何かの肉塊にしか見えなかった。
旨みがあるのかわからないけどオーブンの皿に広がった出汁をフライパンに落とし、ケチャップとオイスターソースを使って味を整える。それと絞ったレモン果汁、オリーブオイルを焼いた肉の上にかけて仕上げにナイフで取ったマスタードを皿の横に付ける。
「はい、完成。眼球の実、ディアボラ風ソテーよ」
見栄えは赤黒いだけだが、普通に悪くなさそうな出来栄えだった。名前は悪魔風、か。魔界料理に相応しい、洒落の効いた料理になった。
「味見しなくていいんですか?」
「いいのよ。まだ、あまりわからないし」
さっきから意味不明な事を言うな……。本人がしないって言うのなら、それでいいけど。
周りを確認するとバトラとエンバクも終わっている様子だった。
程なくしてヘイゼルが終了の合図を告げる。
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