第54話「料理前の丁度いい運動になったわ」
※ユキヒラ外野の為、今回三人称です。
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テトラは比較的足の踏み場のある場所へ出た。独特な異臭が檻の中に漂い始め、嗅覚が少し麻痺して来る。
(この私に毒を効かせるなんて、さすがは原生生物ね)
樹木の様に高い背。握りこぶしサイズの実は無数の眼球となってテトラへ視線を向けている。
「お姉様、あの眼を取るの?」
どうやってその身を頂こうかと考えていた所、横から玲瓏な声がする。テトラは振り返らずに無視した。
たった二つの目で無数の目と睨み合う姉を見て、バトラは寝刃を合わそうとする目つきになる。テトラはそれに気づいていたが先にこの場を抜ける方が優先だった。嗅覚が味覚に影響を及ぼす事は想像に難くない。
テトラは少しだけ膝を折り、上へ飛んだ。
しかし実には届かなかった。バトラの手がテトラの足に絡みついている。
そのまま姉を振り回し黄土色の触手の上へ叩きつける。空中で体の自由を失ったテトラはされるがまま、イソギンチャクめいた触手の上に埋もれた。
「迂闊よ、お姉様。ジアが包丁で刺そうとした時、理事会は止めなかったわ。多少の妨害行為はありと見たの」
テトラが動こうとした瞬間、触手は彼女の体を絡めとり四肢の自由が効かなくなる。もがけばもがく程それは強力になっていき、砂丘に嵌った蟻のように身動きが取れなくなった。
「安心して、完全に溶けちゃう前には助け出してあげるから。二時間だけ、おやすみなさい」
テトラは大きな舌打ちを残し、もがきながら黄土色の海へ溺れて行った。
バトラはもう一人の対戦者の気配を探す。視界中に居る悍ましい生き物たちに隠れ、骨がすり減り体の縮んだ老体が佇んでいた。
「降参すれば命だけは奪わないで上げるわ」
「ガキが吠えるな」
会話の途中、激しく動き回る紫色の毛虫が一匹、エンバクへ向かって突進した。
それが追突する瞬間エンバクは左手を振った。突進してくる虫は真っ二つになり、深緑色の液体を散布しながら両脇に逸れ、金切り声を上げながら絶命した。
いつの間にかエンバクの左手には柄の長い包丁が握られていた。その包丁をゆっくりとバトラに向ける。
「俺は料理をしに来たんだ。殺したきゃそうすればいい」
余裕の冠を被っていたバトラは目つきを鋭くする。
エンバクが包丁を下げると同時にバトラは嘆息した。辺りを見渡し、隅で密かに咲いている鮮やかな食肉植物を見る。
「魔界料理は私の方が得意かもしれないけど?」
「そりゃあ、ガッカリしねぇで済む」
殺された虫に同じ紫色の毛虫がこぞって群がり共食いを始めた。
エンバクはその虫達を眺め大きい個体を耳で探す。比較的動作が鈍く周りよりカサカサと音を立てている一匹串刺しにした。三十センチほどの紫色の毛虫は高音を上げながら宙づりで暴れている。間近で睨みながら、エンバクは顎を撫でた。
「粋がいい。俺はこいつで行こう。鼻が完全に麻痺しちまう前に退散だ」
エンバクは包丁で暴れる虫を持ったまま、檻から静かに出て行く。ぽたぽたと垂れる深緑色の血の匂いに誘われ、先ほど悶死した虫を食べつくした同種達は檻の中からエンバクを追う。紫の波がさざめき動くのを見て会場から悲鳴が上がった。
バトラはエンバクが出て行ってから、膝を折って地面を眺めていた。群青色に赤を少し垂らし、かき混ぜるのを止めたような色をした花がある。
茎や葉っぱは筋組織で出来ている。悪魔の指でも簡単に食いちぎる程の危険な花弁を頭部に身に着けていて、鮮やかな色と甘い香りは獲物を引き付ける為の餌になる。
バトラは花に伸ばす手を止める。
後ろに悪魔の気配を感じたからだ。
「相変わらずの怪力ね。お姉様」
水面に鉄球を落としたような音に振り向くと、四肢に千切れた触手を絡ませたままのテトラが立っていた。肩から滑り落ちたものや握っていた触手をテトラが振り落とす度、同じ混濁音が響く。
ダメージはないようだが、服と髪がめちゃくちゃになり乱暴をされたような風体になっていた。テトラは手櫛で長い髪を簡単に整え片方を耳にかける。
バトラが立ち上がる瞬間を狙い、腹部めがけて拳を叩きつけた。
不意を突かれたバトラは避ける暇もなく空中へ殴り飛ばされる。原生生物を囲む頑丈な檻に叩きつけられ、檻は大きく形を変形させた。網目構造は紫色の毛虫がかろうじて出れない程度に広がる。
バトラは吐血しながら落ち、地面に叩きつけられる前に態勢を直して風の如く降り立った。テトラは無言で血を拭う妹を睨みつける。
「料理前の丁度いい運動になったわ」
バトラは殴られた部分を摩り、ふぅ、と何事もなかったように冷笑する。
『はい、そこまで。さすがにこれ以上は二人とも失格としますよ。調理に戻ってください』
どちらかが飛び掛かろうとした瞬間。ヘイゼルの声が二人の間を突き抜けて行った。スイッチが入った所で制止を受け、二人は同時に舌打ちをする。
「良かった、お姉様を痛めつけずに済んで」
バトラの煽りを無視し、テトラは軽く上に飛び同時に六つの眼の実を手刀で切り落とした。その実はゴツ、と音を立てて弾まずに転がる。テトラは腕一杯にそれを抱えた。
「あんた、痛いのを我慢しているのがバレバレよ」
バトラは無意識に腹部を触っていた。それに気付いて手を離す。
テトラが出て行こうとするも、檻が変形して上手く扉が開かない。テトラは扉を蹴り飛ばして強引に道を開いた。
既にガタガタだった扉は一直線に横へ飛び、会場の壁へ叩きつけられる。扉が壊れた事により運営の悪魔が大慌てで集まるが、そんなこと露も知らずテトラはキッチンに戻っていった。
バトラは再び膝を折り威嚇を止めない花たちを見る。その一本の茎を鷲掴みにして思い切り引き抜いた。必死に逃れようとバトラの手に噛み付くが、バトラは腕を他人事のように眺め続ける。
引き抜かれたことにより徐々に花は動きを衰えさせ、バトラの手が血だらけになる頃には動かなくなった。
「やっぱり、あの力が必要だわ」
血だらけの手をぶら下げバトラも檻の外へ向かう。扉を修復していた悪魔達はバトラの剣幕に圧され、自然と道を開けた。
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