第53話「ゲテモノ」

「魔界料理ってなんですか?」

 市街に行ったときだって、飲食店は見た事のある物ばかり並んでいた。魔界特有の料理もあったのか。

 テトラは疑問を投げた俺へ振り向く。何故か相当にうんざりした顔をしていた。

「食材は魔界の原生地域に生息する生き物。分かりやすくに言えば」

 テトラは一度そこで大きく息を吸い、長い長い嘆息を吐く。

「ゲテモノ料理よ」

 えげつない響きだ。ヘイゼルがお題を言う前の躊躇はこのせいか。理事会の誰かがこのお題を出した訳だが、悪ふざけにしか思えない。

 俺が想像するゲテモノ料理は虫とか、昆虫とか、インセクトくらいだろうか。

「ザラメさんとコムギさんは食べたことあります?」

「見た事はある。ひでぇもんだよ。具材も料理名も意味不明だし」

「わ、私も……家にあった写真を見て、びっくりした記憶がある」

 何だそれ、どんなものが出てくるんだ。ゲテモノで優劣を付けられるのか?

 エンバクの表情は揺るがないが、バトラは姉と同じような振る舞いをしていた。

 さっきテトラは「生息」と言う単語を使っていた。牛や豚、野菜に対して「生息」なんて単語は当てない。野性に存在している危険な「何か」という禍々しい意味を孕んでしまう。


 勝負内容を発表してから進行を司る悪魔達が慌ただしく動いている。数人がかりで真ん中の円卓を下げ会場奥の大きな扉の中に閉まっていった。

 代わりに今度は黒い布がかけられたかなり大きな箱状のものが運ばれて来る。その箱が白い円卓があった所まで、つまりキッチンの中央ヘ置かれるとヘイゼルがようやく喋り出した。

『この箱の中身ですが、これは魔界の森林地域から取り寄せた原生生物です……えっ、これ、予算は? 担当誰ですか?』

 ヘイゼルの反応を見るに、理事会メンバーのお題を把握していないのだろう。用意する物もそれぞれ違っているようだ。理事長の咎から逃れる為に、運営委員的な悪魔達は互いを見合って疑りあっている。

『こほん、失礼いたしました。それでは布を取ってください』

 ヘイゼルの合図で悪魔が会場に一礼し、箱に掛けられた黒い布を勢いよく剥ぎ取る。隠された布の中から現れたのは大きな檻だった。

 格子は網目状になっていて、腕が一本入れられるかどうかくらいの枠。大きな象が三匹は入りそうな檻だが、中に居るのはそんな愛らしい動物じゃない。

「な、なんですかあれ、生き物? ですよね?」

 ザラメに至っては顔面蒼白のまま絶句していた。

 何かが一匹いるとか、そういう数え方は出来ない。

 檻の下は鶯色のゲル状をしたものが飛び散っていて、そこから腰くらいまでの長さの黄土色をしたイソギンチャクみたいな触手がわらわらと伸びている。

 同じくそのゲルから太く茶色をした幹のようなものが一本、檻の角に生えていて一瞬ただの樹木に見える。が、見上げてみると人の目を模した大きな実が無数に咲き獲物でも探すかの如くぎょろぎょろと会場を見渡していた。

 宇宙生命体か、深海の一番底から引き上げられた物と言われたら納得がいく。

 更にゲルを避けるようにして細い足が大量にある紫色の芋虫みたいなものが素早く這いずり回っていた。何匹も居るそれが動き回るので、ぐちゃ、とか、ねちゃ、と湿り気のある不愉快な悪音を発している。

 余った部分には小さめの花が咲いていた。色彩は鮮やかだがよく見ると牙みたいなものが生えていて食肉植物めいた気持ち悪さがある。

 正直、鑑賞に耐えない地獄絵図。さすがの会場も驚愕の色を隠せずいつの間にか歓声は悲鳴と罵声に移り変わっていた。

「調理前を見るのは久々ね」

 調理前、と聞いて身の毛がよだつ。アレを今から捌く訳か。

「アレ、悪魔は食べるんですか?」

「遥か昔は食してたらしいわね」

 魔界料理が今全然見られない理由は考えなくても分かる。

「調理したことあるんですか?」

「ないわ。でも魔界料理は食べたことがある。かなり昔だけど。完全に勘でいくしかないわね」

 テトラは泥水を手で掬うような顔をする。普通の料理ならまだしも重要な場面なのに実力が発揮できなさそうなお題、運が悪い。いや、だからこそ実力が試されるのか……。

『人間が出場しませんので、各自、侵入と退出は出来る限り素早くお願いします。食材に逃げられるとちょっと困りますから』

 ちょっと困るってレベルではない、大分困る。一匹でも出てきたらパニックもいい所だ。

「このお題、私じゃなくて良かった……」

「激しく同意です」

 あの中に入るなんて拷問以外の何物でもない。考えただけで怖気が震う。

『全員が中に入ったら開始とします。制限時間は二時間です』

 二時間、一つ料理を作るにしてはちょっと長い。あの食材達の処理に手間がかかるのか、狩りに時間がかかるのか。その両方か。

「行ってくるわ」

「き、気を付けて下さい」

 料理をするだけなのに身を案じなければならないのは明らかにおかしい。だが散歩にでも行く気軽さで、テトラは俺達に手を振った。

 格子の一辺に一か所だけ扉の形に模様が変化している場所がある。どうやらそこが開閉できるようになっていて進行係の悪魔がドアマンの如く横で立っていた。

 タイミングを見計らい一番最初にテトラは素早く侵入する。続いてバトラ、エンバクが何の躊躇もなく入って行った。

 三人は小さなジャングルに閉じ込められたように、辺りを見渡し少ない足場をそれぞれ別々の方向に歩みを進める。

『それでは、二回戦を開始します』

 食材にドン引いていた悪魔達はヘ、イゼルの合図で再び活気を取り戻した。

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