第52話「二回戦のお題は、魔界料理」

 ヘイゼルの判定結果により再び会場に熱気が籠る。

 勝ったのはジア。理事会は専門家ではないから好みもあるかもしれないが、あのダシ巻き玉子が負けるなんてな。伏兵はダスメサではなくジアだったらしい。

 ジアはバトラとハイタッチしながら勝ち誇った顔でこちらを見ている。ダスメサは帽子の鍔を押さえて顔を隠していた。

「あいつ、腕は本物みてぇだな」

 コムギは自分が負けた事より、ジアが勝ったことの方が気になるらしい。難しい顔をしているテトラはどうかわからないが、俺もコムギと同じ気持ちだ。

「問題ないわ。元々、一回戦に期待はしていなかったから」

「おいー!」

 大健闘虚しくコムギは敗北、テトラを指さして顰め面で叫んだ。

『それでは次の準備に移ります。休憩を挟みますので、十五分後に再び再開します』

 ヘイゼルが告げるとどこからともなく悪魔達がやってきて、キッチンの掃除や円卓の食材を差し替えていく。二階席の悪魔達も席を立つ者が視界の端々に見られた。

 テトラも立ち上がり軽く背伸びをした。運動をする前の準備体操に似ている。

「ちょっと外すわ」

「ごゆっくり」

「バカ」

 このタイミングだからトイレだろう。俺の茶化しに対して簡単な悪態を付いて去って行った。


 十五分はあっという間だ。テトラも戻ってきて、全陣営はすでに睨み合っている。

『そろそろ時間です。皆さん、準備は宜しいですか?』

 ヘイゼルの声で会場が再び沸く。それぞれの組織の面子が揃っている事を確認し、手に持っている紙を顔の前へ上げた。

『それでは、第二回戦の出場者を発表します』

 音量を増す会場が少し静かになるのを待ち、再び口を開く。

『バールゼーブ、エンバク』

 立ち上がったのはコムギの祖父、風が吹いたら倒れそうな細い体をゆっくりと動かし、キッチンの前に立った。あの爺さんエンバクって名前だったのか。

 テトラからはっきりと舌打ちと嘆息のコンボが聞こえた。組んでいる腕がぎゅっ内に引き締まる。

『シュトレイトー、アスタロト』

 今日一番会場の音が大きくうねる。アスタロト、と言われると一瞬誰だかわからなくなるが、バトラの二つ名か。さすがにボスの登場となると観客も気合の入れようが違う。

 バトラはこっちに注意を向けていたが、テトラは自分の足元を見つめ深い呼吸を繰り返していた。精神統一しているようにも見える。

『テトラ弁当、テトラ』

 バトラと同じくらい、いやそれ以上の喚声が沸く。大組織と対等に喧嘩をしている正体不明の弁当屋、期待も大だろう。

 今の舌打ちの意味が分かった。

 自分の師匠、エンバクよりもテトラは時間をかけて立ち上がる。

 キッチンに立つ前に、俺へ振り向いた。

「安心しなさい。勝つわ」

 いつもの不愛想な言い方の中に、落ちた雛鳥を掬い上げるような優しさを感じる。

 俺はテトラと眼が合ったまま沈黙してしまう。

 頑張って?

 楽しんで?

 信じてます?

 負けないで?

 何を言ったらいいか分からない。

 悠々として頼もしいその顔に、せめて力強く頷き返すしかできなかった。

『それでは、お題を引きます』

 本日二回目の題目。

 先ほどと同じ方法でカードが選ばれていく。

 ヘイゼルは理事会代理のカルダを睨みながら、カードを取った。其れをまじまじと見つめ、理事会の面々を怪訝に眺める。何か言いたそうにしているが、それを飲み込んだ。

『二回戦のお題は、魔界料理』

 淡々と読み上げたその料理名は、こっちで半年以上過ごした俺でも全く聞いたことのないものだった。

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