第51話「料理は紳士の嗜みです」

 火を消すのにちょっと躊躇していたが、卵が茹で上がってからは見事な物だった。水でさっと冷やした後、職人芸のように両手で二個づつ殻をむいていく。包丁を使ってあっという間にみじん切りにし、用意してあったアボカドのペーストを混ぜ込んだ。

 それを数種類の香辛料、レモン水、マヨネーズ、少量のガーリックと塩で和え、新鮮なレタスと一口大に切ったパンで挟む。周りをバーナーで軽く焦がしてから崩れないようにピンを指したら完成だ。

『時間です。手を止めて下さい』

 コムギの盛り付けが終わった瞬間、ヘイゼルの声が会場に轟く。時間ピッタリ、見てるこっちが冷や冷やするくらいギリギリだった。

「っしゃあ! 間に合ったぞ!」

 コムギは額の汗を拭い、盛大に凛呼たる息を吹いた。キッチンには真っ白で平らな大皿が置かれていて、その上に一口サイズの正方形に切られたサンドイッチが規則正しく並んでいる。

 勝負には関係ないが縦に四等分されたプチトマトが周りに添えられていて皿の白、パンの茶、レタスの緑との相性がとても目に優しい。

 理事会のメンバーが円卓の周りに集まり、ヘイゼルを含めた九つの悪魔が均等に並ぶ。再び黒子の役目をする悪魔達が現れ、それぞれ理事会のメンバーの前に小皿と、後ろには高級そうな椅子が置かれていく。理事会は一斉にそこへ優雅に座った。

 外から見ていると理事会が会議をしているようにしか見えない。

「試食を始めます」

 ヘイゼルの進行に沿いジアもダスメサも料理を持って円卓へ料理を運んだ。コムギも戸惑いながら皿を抱えサンドイッチを配りに行った。

 最初に円卓を回り終えたダスメサは、俺達の前に来る。

「余っているので、食べますか?」

 左手で皿を持ち右手でシルクハットを上げる。帽子さえなければ高級レストランのウェイターに見えなくもない。テトラは皿に残された卵料理と見つめ合い「貰うわ」と不服そうに答えた。

 ダスメサが作った料理は玉子焼きだ。しかし一目で玉子焼きだと判断しかねる様相をしている。

 玉子にしては大分暗い黄色をしていて固く丸いのではなく皺が合ってふにゃりとしている。生地には玉子だけではなく何かの葉物が細かく切って入れられていた。

「これ、ダシ巻き玉子ですよね?」

「ダシ巻き玉子を更に白ダシと砂糖で煮たてた物です」

 キッチンに置いてある包丁で切り分けフォークを貰う。

 黄土色に近い玉子の塊を突くと、水分が飽和した生地からダシが染み出てくる。

 ほろほろになった玉子はスプーンの方が掬いやすいくらいだ。クレープの切れ端を何度も重ねた外形のそれを、フォークの隙間から零れない内に口へ運び込む。

 三人ほぼ同時に口に居れ、全員黙っている。

 湯葉をさらに柔らかくしたようで、サッパリとしたダシを舌で感じようとするうちに溶けてなくなってしまう。

 刻まれていた葉物は紫蘇だった。ダシと玉子だけではなくこの風味が個性を活かして飽きさせない。

 テトラはしっかりと自分の分を食べ終えフォークをシンクに置く。

「とんだ伏兵ね」

「料理は紳士の嗜みです」

 テトラは興味がなさそうに肩を竦めた。

「おい金貸し、何か用か?」

 コムギもサンドイッチを配り終えキッチンに戻ってきた。ダスメサがちょっかいをかけていると勘違いしているのか、少し口調の当たりが強い。

 ダスメサは挨拶代わりに帽子の鍔に触れる。

「ダスメサさんが余ったのをくれたんです。コムギさんも食べます?」

「貰う。どんなもんか見ておきてぇ」

 俺が誤解を解くと素直にダスメサの出し巻き玉子に手を伸ばした。フォークくらい使えって。

 普通の卵焼きなら簡単に摘まめるが、これは辛うじて卵焼きの形を保っているだけだ。案の定取りこぼし、それでも何とか掴み顔を上に向けて口に放り込むように頬張った。

「……ん」

 コムギは目を見開き、素直に感動している様子だ。こいつ、舌は良いので料理の凄さは伝わるだろう。

「うーん、これはっ……」

 舌なめずりをしながら頭を抱えるコムギ。何となく言いたいことは分かる、あのサンドイッチもそこそこ凝っているし美味しいだろうが、この熟年のワザと貫禄には多分敵わない。


 ダスメサも本陣へ帰り理事会の試食も終わった。彼らの反応をあまり見ていなかったがオーバーなリアクションを取る者も居れば、黙々と食す悪魔も居た。

 ヘイゼルが席を立ち、会場の注目を集めた。拡声器役の悪魔が慌ててヘイゼルへ駆け寄る。

『それでは、理事会それぞれが掲げる札で勝敗を決します』

 理事会の前にはいつの間にか三種類の札が置かれていた。遠くから見る限り、それぞれ白、赤、黒の札だ。名刺より二回りは大きいだろうか。

『白をバールゼーブ。黒をシュトレイトー。赤をテトラ弁当とします。理事会の皆さん、宜しいですか?』

 全員がヘイゼルを見て頷く。カルダだけは舌の余韻を味わっているのか、目を瞑ったまま指をピロピロと動かした。ヘイゼルはその馬鹿にしたような態度にムッとしつつ席に戻る。

『それでは、札をあげて下さい』

 合図で一斉に札が上がる。あの出し巻き玉子には勝てないだろうし、然程緊張の瞬間でもない。

 思った通り上がった札の中に俺たちの色は存在しなかった。ヘイゼルの票が入っていないのは、俺達に肩入れしているとシュトレイトーに勘ぐられるからだろう。

 コムギ本人は半ば予想通りだったのか短い嘆息で済んだ。

 そして予想通りではなかった事が一つ。

 上がった札の中で一番多いのは「黒」だった。

『テトラ弁当零票、バールゼーブ四票、シュトレイトー五票。一回戦はシュトレイトーの勝利となります』

 勝ったのはバトラの部下。カラフルな格好の悪魔、ジアだった。




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