第49話 アレを作りましょう

 コムギは円卓をグルグルと周りながら食材を品定めしている。目もグルグルと回っている事だろう。

 弁当に入れる卵料理だから差が出るとしたら調理技術、同じ料理でも焦げて萎んだオムレツと外がふわふわ中がトロトロの物じゃ大分変わる。

 ダスメサは卵の他にいくつかの野菜と、鍋、調味料等を用意していた。この段階じゃまだ何を作るか分からない。

 各キッチンの脇に用意されているいくつかのエプロン。腰から撒くタイプの物を選び取る。あれはマジで料理する感じかな。それにしてもシルクハットとエプロンが壊滅的に合わない。

 ジアは数個の卵を持って行った後再び白円卓に戻り、余裕そうに回りながら品定めしている。

 にこにこしているその顔は花を可愛がる少女に見えなくないが、手に握られた包丁はこれから誰かを殺しに行くサイコパスを彷彿させる。

 俺達から見て左から回って来るジアと、卵とフライパンを持ってこようとするコムギが右から来る。俺達のキッチンの目の前で二人は邂逅した。

「チンチクリン、料理上手いのー?」

 これ見よがしに絡んで来る。コイツ多分、コムギを煽る為に戻って来たな。コムギは一瞥しただけで無視した。

 呼んでもいないのに後ろからついてくる。

「無視されちゃった、僕傷ついちゃう~」

「ユキヒラ、とりあえずフライパンとか持って来たぞ」

「聞けよ☆」

 さすがにしつこく、コムギは置きかけたフライパンを離さずに見返る。

「今お花畑に水あげてる暇ねぇんだよ。消えろ」

「この僕と勝負できるって、凄いことなんだよ?」

「おめぇも聞けよ」

「ちょっとあんた、いい加減にしなさいよ」

 絡むことを止めないジアに対し、さすがにテトラが口を挟んだ。

 ヘイゼルは心配そうにこちらを見ているが、まだ絡んでいるジアを制しようとしない。喧嘩が始まりそうな様子に会場は盛り上がっていた。

 ジアはコムギからテトラへ興味を移す。

「僕としてはお姉さんに帰ってきてほしくないんだ。バトラ様が甘えるのは、僕だけでいいもん」

 矛先を向けられたテトラは眠そうにそれを聞いていた。釈迦が説法を食らったらこんな迂愚を呈するのかもしれない。

「一応言っておくけど、アイツは誰でもいいのよ」

「何言ってるの? そんな訳ないじゃん」

 ジアは目を三日月型にし口の端が目に付くのではないかと思うくらい、にいっと笑った。ぞっとするほどの片笑窪を作り、狂気に似た愛嬌を振りまく。

 ジアのそれは相手に何も言わせないと言う強い意思表示だった。しかしコムギは空気が読めない。

「つまりお前、ただのテトラの代わりじゃん」

 突如ジアの握っていた包丁が会場の光を反射する。

 鋭い切っ先がコムギの首元めがけて突進した。

 ギッ、という金切り声は刺されたコムギの断末魔ではなく、フライパンの声だった。咄嗟にフライパンで顔を隠し刺突を免れていた。

 包丁は分厚いフライパンを貫いている。もしガス台にフライパンを置いていたら、今頃……。

 コムギは冷や汗を一筋垂らし、刺さった包丁ごとフライパンを投げ捨てた。

「テメェ! 何しやがるコラ!」

 飛び掛かろうとしたジアは一瞬で駆け付けたバトラが羽交い絞めにしていた。

「ジア、これ以上は不戦敗になるわよ」

「あのチンピラの頭をかち割って脳みそにお花を活けてやらないと」

「これ以上私に迷惑かける気?」

 脱走し捕まった囚人みたく暴れていたジアは、電流でも流されたように大人しくなる。バトラはゆっくりと手を離した。

「ごめんね! おこ? 嫌い? 僕の事嫌いになっちゃった?」

「大好きよ。私のために、料理頑張って頂戴」

「りょ! よーし、僕、張り切っちゃうぞ」

 あれだけの殺意を振りまいていたのに、意気揚々とキッチンへ帰って行った。残されたバトラは姉とそっくりな嘆息をする。

「料理の腕は確かなの。お見苦しい所を見せたわ」

 バトラはそれを捨て台詞としすぐに戻って行った。

 今の騒ぎで会場は静まり返るどころか勢いを増していた。料理と全然関係ない所で大盛り上がり。むしろこういう展開を望んでいるのだろう。

 カロテの柔らかい笑い声と、カルダの拍手が見える。娯楽に飢えた年寄りどもめ。

 調理時間はどんどん過ぎている。ダスメサだけは動揺せずに着々と進めていた。

「ったく、見た目以上にやべーやつだったな」

 刺されかけたのに、ったく、程度で済ますコムギも中々やべーけど。

「な、何か、怖い悪魔だね……」

 怯えながら見ていたザラメは、ジアの背中を目で追いながら呟いた。

「ザラメさんもたまにあんな感じですけど」

「えっ!?」

 両手を口に当てて、とても心外だと驚いている。自覚ないのか、この娘。闇、いや、病みが深い。

 コムギはすぐに食材を取りに戻った。

 頭を切り替えよう。

 勝てる見込みがほぼないとしても、コムギでも作れそうな料理を考えないと。一番簡単な所で、フライパンに卵を落として目玉焼き……ナシゴレン弁当?

 ダスメサは少し大きめの鍋の湯を沸かしていた。茹で卵でも作る気か? いや、でも小さいフライパンも持って来ているしな。

 茹で卵?

 ……そうだ、あれで行こう。目玉焼きよりマシだ。

 卵を持ってきたコムギに俺は声をかける。

「コムギさん、とりあえずでかい鍋を持って来て下さい。アレを作りましょう」

「アレ?」

 コムギは首をかしげる。刹那だけ思案顔を見せるが、すぐにいつもの勝気な顔へ戻った。

「まぁいいや。何か思いついたなら任せるぜ。師匠」

 時間もないので再び小走りで取りに行く。どうでもいいけど師匠と呼ぶのだけはやめてくれ。むず痒い。

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