第48話「一回戦は、卵料理」
理事会の悪魔は出て来た順に、ヘイゼルのやや後ろから横一列に並んでいく。ビシっと決めている者から明らかに面倒くさそうにしているやつ、風体は十人十色だ。
そして一番最後に出て来た赤髪のやべーやつ。カルダだ。前もってダスメサから知らされていなければ、俺は卒倒していたかもしれない。
カルダは、ハリウッドスターがレッドカーペットを歩くみたいに手を振る。俺を発見し、遠くの恋人に合図をするように喜悦の色を浮かべ、ウィンクしてきた。
ヘイゼルはカルダを含む理事会のメンバー数人を、道端に打ちつけられた吐瀉物を見る目で観察する。自分を抱いて怖がるフリをするカルダ以外のメンバーは、うっかり熊と対峙した人間みたいに萎縮していた。
ヘイゼルが今睨んだのは、バールゼーブに関わっている悪魔だろう。ヘイゼルってあんなゴミを見るような蔑む顔するんだな……。
『最後に注意事項です。決闘に手出しをする輩は、立ち合いである私、それと理事会が「処置」を致しますので、ご了承くださいね』
首をかしげてにっこり笑う。
その笑顔に会場の狂騒が水を打ったように沈まった。悪魔病院統括直々に脅し。職員も多いだろうし、その脅威は絶大だ。
『それでは、第一回戦の出場者を発表します』
が、娯楽に飢えた悪魔達のお祭り騒ぎはそんな事で中断されない。進行するヘイゼルの台詞に席の温まる暇もなく大音声が飛び交った。
『バールゼーブ、ダスメサ』
最初に紹介されたのはカロテの組織。シルクハットを頭から上げる仕草をしてから、ダスメサがキッチンの前に立つ。カロテを含め他のメンバーは少し後方に用意されている椅子へ下がった。
今更だけどアイツが出るんだな。
『シュトレイトー、ジア』
もう一つのキッチンの前へ、あのカラフルな恰好が聳え立つ。アイドルがお客さんに手を振るように二階席に愛嬌を振りまいていた。
名前が呼ばれるたびに観客が沸く。まるで全員が有名人みたいだ。いや、組織自体は有名か。
そして次は、ウチの番。
『テトラ弁当、コムギ』
「おっ、おう、私か。よしっ」
俺は自分の順番を知っているので驚かない。当然、一番驚いたのはコムギだ。ザラメは安堵を伴った渋面をしていた。
俺達も後方に用意された椅子まで下がった。叫ばなくても声の届く距離だ。
ジアは愛嬌を振りまいていたかと思うと、コムギをじっと見ていた。遠くてはっきりわからないが二階席に向ける顔とは違い鬼の形相をしている。完全にさっきの事を根に持っている。
そして当のコムギは睨まれている事に気づいていない。そのことがまた怒りを募らせていそうだ。
『それでは、お題を引きます』
会場が音が一斉に引く。お題が書かれたカードを理事会全員がランダムに取り、さらにヘイゼルがその内の一人からカードを選ぶらしい。これなら不正は働きにくい。
理事会のメンバーが持つ手札をじろじろと見ながら、目の前を通り過ぎて行く。焦らすなぁ、これも演出だろうか。
ヘイゼルは悩んだ末、数秒睨み合った後カルダからもぎ取る様にカードを奪った。
中央へ戻りそのカードを見ながら静かに告げる。
『一回戦は、卵料理。お弁当に入れられる物を前提とします』
沸くようなお題でもないのに会場に音と熱気が戻る。もうなんでもいいんだろ、お前等。
ジアはあざとく顎に人差し指を当てて、何にしようか考えている様子だ。ダスメサはシルクハットの鍔に手を置き、思案ポーズ。
コムギは固まったまま微動だにしない。非常にゆっくりと俺達へ振り向いた。眉をぐっと吊り上げ、パチパチと大きな目を何度か瞬かせる。
「任せろ。何とかなりそうだ」
意外にも自信たっぷりに返してきた。もしかしたらさっきのお爺さんとの対話で、腹を決めたのかもしれない。元々の調味のセンスや知識はあるのだ、火さえ克服すれば勝利は夢じゃない。
コムギは腰に手を当て俺達に叫んだ。
「卵かけご飯で行く!」
一瞬でも期待した俺が馬鹿だった。
弁当に卵かけごはんを持っていくやつがいるなら、俺は全力で止めてやる。それに白米に生卵をかけて完成というのは料理じゃない、それはふりかけだ。
恥ずかしげもなく公言されてしまうと何も言い返せなかった。ザラメは呆れきった顔をし、テトラは俯いて額を押さえている。
「コムギさん、弁当に入れる物ですよ。卵かけご飯弁当に入れますか? いれないでしょ」
「言われてみれば確かにそうだな」
さながら難解な事件に遭遇した刑事が、名探偵にトリックを気付かされたようだ。腰に当てていた手をだらんと落とし、愕然とする。
「どうしよう」
生で食べられる食材が出てきて好機とでも思ったか。
そのコムギの後ろ、キッチンの真ん中の開いていたスペースに悪魔が集まっていた。色々と運びこまれている。元々設置されていた白くて丸い台に、食材や調理器具、調味料など様々な料理に関する物が置かれていく。
キッチンが囲んでいる真ん中の卓には大量の食材が盛られた。
ヘイゼルの咳払いが会場中に聞こえる。
『円卓にある好きな食材と、得意な調理器具を選んで料理してください。制限時間は三十分です。準備は宜しいですか?』
ジアは手を振り、ダスメサは帽子を上げた。コムギは何も反応せず食材を見つめていたが、ヘイゼルはそれを勝手に了承の合図だと思い頷きを返す。
『それでは、始めて下さい』
敵組織が同時に動き出す。コムギも慌てて白い卓へ向かった。
会場のボルテージが最高潮になる。悪魔達の罵詈雑言とそれいけ殺せなど場違いな声援も飛んで来る。
三十分じゃ助言も限られる。とりあえずコムギが何を拾ってくるかお手並み拝見だ。
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