第46話「全く、心強い部下達ね」

 あっという間に時間は過ぎ、ついに決闘の時間がやって来た。カロテの話のせいで緊張する暇すらなかったが、余計な事を考えずに済んだから逆に良かったと思う。

 開会式的な物があって組織の代表者達は先に会場に集められている。側近たちもついて行ったので、部屋には今、俺とコムギとザラメだけだ。

「わり、ちょっとトイレ」

 コムギはカップ飲み干し、勢いよく机に置いた。壊す気か。

「うんこなら、遅れないように気を付けてくださいね」

「ちっげーよバカ、恥ずかしい奴だな! 小便だよ!」

 大の指摘はダメで小便って口に出すのはいいのか? コムギは尻尾をぶんぶん振りながら部屋を出て行った。緊張をほぐしてやろうと下ネタを言ってみたのだが、あいつにはその必要なさそうだ。

 今、部屋にいるのは俺とザラメだけになった。

 これは良い好機が訪れたぞ。少しでも気が楽になる事を言ってやりたい。

「これに負けたら」

 先に口を開いたのはザラメだった。久しぶりに声が届く。いきなりだったので聞き逃しそうになって、俺はつい身を乗り出してしまった。

「私、ヤトコちゃんと永遠に仲直り出来ないよね」

「難しい、ですね」

 面と向かって肯定はできない。だが、ヤトコを取り戻すチャンスはこれが最後だろう。

「絶対勝ちましょうね」

 俺の単純な励ましに対し、ザラメは無理をして笑う。

「これが最後かもしれないんで、聞いておきたいんですけど」

「い、嫌な前置き……ユキヒラ君らしくないよ」

 勝って、ヤトコが戻ってきて、それは強制的な物だ。二人の関係を改善するまで行かないと、ザラメはこの状態が続くだろう。むしろ傍にいる分、酷くなるかもしれない。

「ザラメさんは今でも俺の事、本当に好きだったと思いますか?」

 気の迷いだと思った方が、ヤトコとよりを戻しやすいはずだ。俺への想いがヤトコからくる幻想であれば、拗らせただけで一途である理由づけになると思った。

「わかんない。確かにヤトコちゃんの影響はあるけど、ユキヒラ君自身に惹かれたのも、事実なんだよ」

 俯いていたザラメは俺に告白をした時の、死の宣告を告げる死神のような顔をしていた。

「私は気持ちを押しつける事しかできない、クズだ。やっぱり死にたい」

 しまった、墓穴掘ったか。面倒くさいモードに入っている。

「同時に二人を本気で愛しても、本当の気持ちならしょうがないんじゃいですかね」

「ヤトコちゃんの事好きだけど、ユキヒラ君を好きでいてもいいの?」

 申し訳なさそうに上目遣いで言う。

「駄目でも、はいそうですかって訳にいかないでしょ。仕方ないので俺を好きでいていいですよ」

 自分で言ってみて、ぶん殴りたくなる台詞だな。元気づけるためで本気でそう思ってるわけじゃない。

「あはは、悪魔たらしだ」

 俺を見て柔らかく笑う。今だけはいつもの笑顔だった。

 って、悪魔たらしは聞き捨てならない。俺が何か弁解しないと、と思っていると、入口のドアが勢いよく空いた。

「おい、今丁度呼ばれた。行くぞ!」

 先ほど出て行ったコムギが早口で叫んだ。なんだ、ちょっと緊張してんのか? 柄でもない。

 俺とザラメは同時に立ち上がった。

「行きましょうか」

「う、うん」

 冷や汗が出る程ではないけど、心臓がいつもより五月蠅い。鼓動のテンポが少しでも落ち着かないかと何度か強く息を吐いてみたが、結局血流の速さは変わらない。

 誰かさんのような鉄、いや、ダイヤモンドメンタルをどうにか手に入れたいものだ。


       ※


 会場に抜ける前から喧騒が聞こえていた。

 出店で買ったであろう物を飲み食いし、駄弁りながら、または真剣に見下ろしながら、各々振る舞いを見せている悪魔達。

 二階席はほぼ埋まっていて、部活の大会とか小さい町の運動会くらいの盛り上がりは確実に超えている。

 どうやら俺達は最後に呼ばれたようで、既にキッチンそれぞれの場所に役者が揃っていた。

 一つはシュトレイトーの盟主バトラと、ヤトコ、ジア、エンソ。

 一つはバールゼーブ盟主のカロテと、ダスメサ、初めて見る従者の悪魔が二人。

 そして残りは、腕を組んで悠然としているテトラ弁当のオーナー。

 怒号めいた喚声と出て来た順からして、注目の目玉は俺達らしい。期待に沿う訳じゃないけど、やらかしてやるさ。じゃなけりゃ未来はない。

 俺達はテトラの元へ集まる。

「全く、心強い部下達ね」

 テトラは緊張している俺達を揶揄する。だがそれは痛烈な物ではなく冗談を言い合う時の柔和な物だった。

 ザラメよりもコムギがヤバくなっていた。余裕そうだった表情はどこかに吹っ飛び、完全に時間が止まっている。目の前で手刀を切ってもまるで反応がない。

「おーい、ダメかこりゃ」

 観客の量にビビってしまったか、と思ったが、顔に影が差している事に違和感を覚える。圧倒された弱弱しいものではなく、峨峨とした皺を眉の間に作っていた。義憤に近い表情だ。

「コムギさん……?」

 目線の先は明らかにバールゼーブの悪魔。目を逸らしたら死んでしまうとでもいうように瞬きもせず、一人の悪魔を睨みつけている。

 俺が聞こうとした先を越して、コムギはバールゼーブの元にずかずかと大股で歩いて行く。

 キッチン同士の距離は軽く十メートルは離れていたが、止めようとした頃には取り返しのつかない距離にまで詰めていた。

 急いで俺達が追いつくとコムギは四人の内一人の悪魔と見つめ合っている。

「ちょっとあんた、何考えてんのよ」

 テトラがコムギの肩に手を置いた。呼びかけに答えないまま、夢から叩き起こされた顔をしている。

「何やってんだよ、爺ちゃん」

 コムギは息を呑んでそれを告げた。

 次に仰天の番が回ってくるのは俺達だった。

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