第45話「英断だね。交渉成立~」

 頂上会議とも言って良いくらいの打ち合わせが終わり、俺達は用意された控室に集まっていた。俺達だけではなく、クルミのお願いでカロテも同室している。

 更に、カロテの後ろにはステビアとダスメサも控えていた。

 テトラは用意されている二人掛けの漆黒色のソファーへ腰掛ける。二人掛けなのに真ん中に座るもんだから、そこにはもう誰も入れない。

 向かいには既にカロテが座り、その横でクルミが甘えていた。俺も恋人欲しい。

 ソファーの他には壁に沿って設置されている長机と、足の高い椅子が四つほど並んでいる。カロテの後ろで立っているステビアとダスメサ以外はそこに腰を下ろしていた。

 テトラは用意してある茶菓子を口に放り込み、カロテを見据える。

「あんた今バールゼーブのボスなんでしょ、負けを認めればいいじゃない。そうすればこっちはバトラとの一騎打ちで済むんだけど」

 カロテはダスメサが用意したお茶をすすった。所作だけはじじくさい。何百歳ってのは嘘じゃないんだな。

「いや、決定権は申し込んだダスメサにしかないよ」

 空目を使っている訳ではないらしい。いつもの悠然に少しだけ辟易が混じっている。

「盟主を引き受けてる理由は? ボスって柄じゃないでしょ、あんた」

「ウチの盟約で、盟主の玉座に座ったら死なない限り向こう十年は誰にも継がせる事が出来ないんだ。コロコロ変わっちゃうと混乱招くから」

 やれやれと首を振り、ずれた眼鏡を上げ直す。

 コムギは話に全く参加せず、ザラメの背中を叩いて鼓舞している。

「じゃあ退院しなさいよ。勝負に居なけりゃ負けなんでしょ」

「僕は命狙われてるんだよ? 悪魔病院は患者の安全を絶対護ってくれる」

 ステビアは当然、と言った感じで黙ったまま頷いた。つまりSPか。

「ねぇ、あんたって弱いの?」

「さぁ。でも仮に強かったとして、毎日寝首をかかれるなんて疲れちゃうでしょ」

 確かに死ぬまでずっと暗殺者が付きまとう暮らしなんて歩くだけで骨身を削る。自由はなくても、籠の中の鳥で居た方が遥かに楽かもしれない。

 カロテは欠伸をして背伸びをした。背もたれに体を預けたまま、背中をそって後ろにいるダスメサを逆さに見つめる。

「ダスメサ、やっぱり負けてよ。もしくは手を抜くとか」

「私が勝負を降りる理由を弟様にどう説明すれば? 私、殺されますよ」

「僕はいいよ、別に」

「勘弁してくださいませんか」

「冗談だよ。あはは」

 どうやらダスメサはカロテの味方らしく、裏で協力している事を知っているようだ。でもそうすると、この決闘って最初から……。

「と言う訳で、茶番はこの辺で終わりにしよう」

 眼鏡を再び上げ直し、茶番、とカロテは言った。

 温和な雰囲気に冷厳としたものが織り交ざっている、初めて見る彼の鋭い表情だった。横で寝ているクルミの顔も、少しだけ険しくなる。

「お察しかもしれないけど、このダスメサが僕の間者だよ。優秀でしょ」

「つまり、私はあんたに踊らされたって事?」

 やっぱり、そう言う事になる。

 カロテはダスメサを使い、弟の組織と決闘させる。こっちが相手に関わらないと言う条件を提示してくると見越して、テトラ弁当の配下に下り自由を得る。って事か。

「それをバラしたら、私があんたを匿う気が失せるって思わない訳?」

「長い目で見てよ。いずれウチや、バトラとかが接触してくることは時間の問題だったろ? この決闘に勝てばバールゼーブは手を出せない。僕も安泰」

 コムギはザラメを慰めるのも飽きて自分のお茶を入れている。熱かったのか「ぅわっち」と部屋の隅でカップと格闘していた。

「そして僕は今日から十年間はベルゼビュートだ。それがテトラ弁当の配下に加わるって事は、どういう意味か分かる?」

「魔界の誰も、迂闊に私たちへ手を出せないわね」

「魅力的でしょ?」

「期限付きだけどね」

 テトラは嘆息しながら思い切り背もたれに寄りかかる。柔らかい素材のソファーがテトラの形に形状を変えた。

 早口でトントン拍子に話が進んでいった。

 ここまで周到に用意されると疑惑の一つも沸くが、テトラは焦慮もなくいつもの調子で肩を竦めた。

「わかったわ。条件を呑む」

「英断だね。交渉成立~」

 かなり重要な事だと思うのだが、テトラはあっけなく決断した。単に考えるのが面倒になったと言う線もある。

「一つ、宜しいですか」

 話が終わるのを待っていたのか、このタイミングでダスメサが切り出す。しかし全員に話しかけた訳ではなく、俺を見ていた。

「カルダ、という悪魔をご存じですね?」

「……え?」

 俺は胃酸が逆流してくるのを感じた。

「この悪魔、今回理事会の代理メンバーとして評議に参加します。何か、良くないことが起こるかと」

 ダスメサは優秀なスパイだ。多分以前あったことや、俺のことも調べてるだろう。カルダが俺の天敵と知っているから、きっと教えてくれたのだ。

 俺はあの忌々しいウィンクを思い出し、虫唾が走りまくっていた。

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