第44話「…………なに」

 俺たちはしっかり一時間後に会場へ戻った。

 設営はほぼ完成しており、入り乱れていたスタッフの悪魔達は捌けていなくなっている。中央付近には広くシートが引かれていて、その上に離島型のキッチンが三つ置かれている。

 それぞれが見合う様に三角形の辺上にあり、真ん中には大きな白い円卓が置かれていた。

 体育館にキッチンが設置されているのはどうみても違和感がある。

 円卓の近くで五人の悪魔が何か話している。近づいてみると全員見知った顔だった。

 一人はこの面倒事の全ての発端となった悪魔。

「お久しぶりです。皆さん」

 白いシルクハットを上にあげ、それを礼の代わりとする、老体の悪魔ダスメサ。

「先ほど振り、お姉様」

 一人はバトラ、腕を組みながら勝ち誇った顔をする。相変わらずどこか高圧的だ。ヤトコ達の姿はなく、何処かに待機しているらしい。

「お疲れ様です、皆さん。出店は楽しめましたか?」

 一人はヘイゼル、これから決闘を仕切るにしては安気な雰囲気だ。

「こんにちは。今日は楽しみにしてますよ」

 一人はステビア、俺は久しぶりに会ったがやはり凛とした佇まいでこっちが引き締まる気分になる。

 そして最後の悪魔は悠揚で無害そうな顔をする美少年。欠伸をしながら眠そうに手を挙げた。クルミの顔がパッと明るくなる。

「やぁ。やっぱり地上は空気が綺麗だね」

 ズレた眼鏡を人差し指の第二関節で上げて言うのは、精神科病棟の最奥に居るはずのカロテだった。引きこもっているはずのこいつが、何故ここにいるのか理解できない。

 それにステビアは何故かヘイゼルではなく、カロテにぴったりと張り付いている。

「何であんたがここにいんのよ」

 俺の疑問を、テトラがカロテに問う。

「色々あってね。ちなみに今、臨時で僕がベルゼビュートだよ。弟じゃなくて」

「は?」

 テトラは尻尾をうねらせた。

 どういうことだ? バールゼーブのボス、ベルゼビュートはカロテの弟だったはずだ。

「……ねぇお姉様、この憎きベルゼビュートと仲が良かったのかしら?」

 バトラはカロテを睨みつつ、一驚している。確かに敵対する組織の重要人物と顔見知りであれば以外にも思うだろう。

「カロテはただの客よ」

 テトラはバトラを軽くあしらい「で?」と、ここにカロテがいる理由を求め、ヘイゼルを見る。

 クルミとカロテはさっそくいちゃいちゃしていた。爆発しろ。

「組織同士の決闘ですから、盟主も立ち会わないと負けになります。今日ベルゼビュートさんも来る予定だったんですけど……」

 苦笑いで言い篭るヘイゼルを次いで、カロテが口を開く。

「僕は不戦勝を狙ったんだよ。あいつの朝食に強力な下剤を盛って貰ったんだ。間者に」

 下剤。ふざけているレベルの小細工だな……いや、ふざけてるのか。カロテはクルミの頭を撫でながらけらけらと笑う。

「弟は今トイレに籠ってる。不戦敗を避けるために、盟主を僕に任命したんだよ」

「だから、ここに強制連行されたって訳?」

 テトラは呆れた様子で顔を抑えた。

 もしかしてヘイゼルがちょっと前に言ってたトラブルって、この事か……。

 バトラはふん、とカロテの事を鼻で笑う。

「何百年も兄弟で殺しあってるって聞いたけど、本当だったのね。私達姉妹みたいに仲よくしなきゃ。ねぇ、お姉様」

「その割には君、姉に距離を置かれているみたいだけど?」

 煽ったバトラは返り討ちにあい、尻尾をふるふると震わせた。テトラはその事には触れず、カロテに対し何か言いたそうにしている。

 そのモヤモヤは想像できた。今カロテが盟主なら、彼はバールゼーブを負かせたいんだから勝負を降りれば済む話だ。俺達からしたら素朴な疑問が残る。

 ヘイゼルが軽く手を叩き、全員の注目を集めた。

「はい。と言う訳で打ち合わせしますよー」

 全員が無言で頷く。カロテとクルミだけは無言でやり取りをしてクスクス笑っていた。

 打合せ、といっても簡単な事前説明で終わった。客が入る、司会もいる、等のどうでもいい情報だ。

「最後に、勝利した時の条件をそれぞれに提示してください。バールゼーブからどうぞ」

 ヘイゼルは会議慣れしているのだろう、進行をさくさくと進めて行く。バールゼーブが呼ばれたが、カロテは全く反応せず、ダスメサが後ろで手を組んだまま一歩前へ出る。

「テトラ弁当の店主、バールゼーブに所属してもらいます。シュトレイトーは、組織の解体でもしてもらいましょうか」

 今回は建前の理由ではなく、真意を告げる。趣のある錆び声に対し、俺達よりもバトラ陣営の方が殺気立っていた。

「では次、シュトレイトーどうぞ」

「お姉……テトラ弁当の店主に、シュトレイトーの幹部として入ってもらうわ。バールゼーブには、そっちと同じ条件を要求するわ」

 再びテトラを除いて火花が散りあう。バトラに睨まれているのにダスメサは一切たじろぐことはない。実力があるのか年の功なのか、中々に凄い精神力だ。

「テトラ弁当、どうぞ」

「じゃあまずバールゼーブに」

 テトラは厳然として胸を張った。肩書はただの弁当屋なのに、ここに居る面々の誰よりも高貴に振る舞っている。

「今後一切ウチに関わらない事。しつこいやつは嫌いよ」

 ダスメサは帽子の鍔に触れて、わざとらしく口角を上げる。

「次にシュトレイトーだけど」

「同じでしょう。勿論決闘で負ければ関わらないと誓うわ」

「早合点しないで、違うわよ」

 テトラの否定に、バトラは尻尾がピクリと動く。

「あんたの下僕、ヤトコを貰うわ。正確にはザラメの下僕に戻す」

「…………なに」

 当然、面食らったのはバトラだけではない。

 ヤトコをどうやって取り戻すか、テトラが少し前に考えてあると言ったのは、この事だったのか。

 さすがのバトラも泡を食っている。

 ずっと俯いていたザラメがゆっくりと顔を上げる。

 目の前で雷が落ちたような騒然とした顔を呈していた。

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