第43話「わーい飴だ。っているか!」

 俺たちにかけられたその声は、優しさで包み込んだ後そのまま圧死させてしまうような音。氷河期の冷たさを纏う綺麗な悪魔。同じ麗人でも姉妹でここまで違う美を兼ね備える物だろうかと思ってしまう。

 シュトレイトーの盟主であり現アスタロト、バトラが立っていだ。

 テトラの目つきが変わった。

 バトラの周りには二人の悪魔と一人の人間が居た。ヤトコだ。チェンソーでバラバラにしそうな強い目線でザラメを眺めている。

 相変わらず触るだけで折れてしまいそうな病身めいた瘦躯だ。悪魔も人間も問わず相手の全てを見透かし、且つ見下すような風体。

 クマさえなければ美人と称される顔に黒い長髪、この世の全ての闇を内包したような漆黒の瞳。相対して目立つその身形には罪状染みた純白のワンピース。以前と違って手枷は付けられてはいないが、不幸の匂いを纏う不穏な女性。

 後の二人の内、一人は見た目中年くらいの背が高い女の悪魔。男の俺よりも頭一つ分でかい。バトラのすぐ後ろで、背の高さから来る威圧感を感じさせないくらい温恭な雰囲気で佇んでいた。

 口から短い棒が出ていて何かと思ったが、どうやら出店で買った飴を舐めているらしい。目を細めながら口をモゴモゴとしている。

 もう一人の悪魔はパステルカラーのメイド服を来ていて、恰好だけで花壇でも表しているかのようだ。紫紺色のメッシュが入った茶髪をこれまた派手な真紅色のリボンでサイドテールを作っていた。

 雨でもないのにフワフワの装飾が付いた傘を所持していた。

 テトラは彼女らを見て首をかしげる。

「四人? まさか、あんたも出る訳?」

 テトラは我が妹に嘲笑して言う。

「私の舌の鋭さは、お姉様が一番よく知っているはずでしょう」

 バトラは艶やかな唇に人差し指を当て小さな舌を見せる。ちょっとした修羅場なのに煽情的な仕草だ。

 テトラは口を紡いだ。否定はしないらしい。

「ん~? これがバトラ様のお姉ちゃん? 恰好がダサ。服を買うお金ないの? 僕を見習いなよ」

 カラフルメイドの悪魔が一歩前に出て、服を見せびらかしテトラを煽る。おい馬鹿やめとけ、お前死にたいのか。

「特に何、そのネックレス。安っぽくてしょぼ、ぜんぜん似合ってないよ?」

 テトラの尻尾がぴくりと動く。妙に甲高いその声は俺の気分も逆撫でる鬱陶しい物だった。

 ぶちギレるか、何か言い返すかと思ったがテトラは以外にも黙殺する。前にいるから表情は見えないが、多分、鬼の形相をしている事だろう。

「おいテメェ絡んでんじゃねぇぞ。テトラもなに黙ってんだよ、喧嘩売られてんぜ」

 目の前の火山がいつ噴火するか冷や冷やしていたが、仲裁に入ったのはまさかのコムギだった。

「野性のチンチクリンがこの僕に話しかけてきたぞ?」

「黙れコラ。その花壇みたいな馬鹿っぽい服何なんだよ、頭の中もお花畑なのか?」

「あ? もう一回言ってごらん」

「ジア、その辺にして。さすがに見苦しいわ」

 数センチの距離までメンチを切り合っていた二人の距離が離れる。ジア、と呼ばれたカラフルな悪魔はバトラに抱き着いて頬を肩に摺り寄せた。

「おこ? バトラ様おこなの? ごめんね?」

「あなたの悪い癖よ、改めなさい」

 バトラはジアを引き離し、皺になった服を軽く手で掃う。テトラと俺を一度だけ一瞥し、何事もなかったかのように会場へ向かって歩き出した。

 すれ違いざま、バトラは少しだけ歩行を緩める。

「もうすぐ私の物よ、お姉様。世界征服、手伝ってね」

 テトラは風が耳に当たって煩わしいとでも言うように、髪を軽くかき上げる。

「今日は背後に気を付けなよ~、このチンピラ」

「こっちの台詞だ、脳内カラフルメイド」

 ジアの売り文句にコムギが買い文句を垂れる。離れている俺にまでジアの歯ぎしりが聞こえた。無闇に敵を増やしてくれるなよ。

 ザラメはどこを見て良いのか分からない顔をしていた。ヤトコに話しかけたいのだろうが、かける言葉が行方不明なのだろう。

「ザラメ」

 ヤトコもすれ違いざまに声をかけて来た。

「バトラは私を守ってくれる良い主人だよ。あんたと違って」

「……っ」

 ザラメは服の裾をぎゅっと掴み、元々蒼白だった顔は更に血の気が引いていた。

 何か声をかけやろうかと思ったが、俺は肩を軽く叩かれる。振り返ってみると、ずっと黙っていた背の高い悪魔が目の前に立っていた。

 棒に付いた口の中の飴を取り出し、指の代わりにそれで俺を指し示す。

「君、料理上手いだろ。勘でわかる」

 女性にしては低い声。透き通った音なのでよく聞き取れた。

 俺は背が低い訳ではないが、女性を見上げて話すのは初めてだった。

「エンソ。置いてくわよ」

 遠くからバトラの声が聞こえる。言葉に詰まっている俺を見つめたまま、エンソと呼ばれた悪魔は舐めかけの飴をよこしてきた。

「これあげる」

 拒否できず受け取ると、エンソは象のようにのそのそと去って行った。

「かんじわるかった」

 買い食いを我慢し、黙っていたクルミが一番に声をあげる。一言で俺達の気持ちを代弁してくれた。

「テトラさん、よくキレませんでしたね」

 敵対心を一番向き出しにしていたカラフルな悪魔、ジアの煽りにテトラが一切沈黙を貫いたのは意外過ぎる。テトラは不機嫌そうに腕を組んだ。

「尻尾の先まで力を込めて殺すのを我慢したわ。違反行為で不戦敗になっちゃうもの」

 ジアって悪魔は命拾いしたな……。テトラはコムギの肩をぽんと叩いた。

「コムギ、良くやったわ。あんたが口を挟まなかったら今頃血の海よ」

「ふん。嫌いなんだよ、ヘラヘラしたやつは」

 まだ苛ついているコムギは腰に両手を当て、フンと鼻から大きく息を出す。

「コムギさん、初めて役に立ちましたね」

「そこは素直に褒めろよ!」

 今度は腰にあった手を上にあげて怒る。しかしほんとに、俺やザラメでは間には入れる雰囲気ではなかった。お馬鹿ならではの行動力に救われた。

「じゃあこれ、ご褒美です」

 エンソから渡された、処理に困る飴をコムギに渡す。

「わーい飴だ。っているか!」

 コムギは受け取った飴を床に叩きつけた。粉々になった破片がザラメの方へ飛ぶ。

 ヤトコが去ってから微動だにせず、ザラメは服の裾を握ったまま俯いていた。先程の台詞が相当堪えているらしい。

 後で何かしらのフォローを入れてやらないと、勝負にならないぞこれは……。

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