第42話「ごきげんよう、お姉様」

「一応、一時間後には集まってください。顔合わせと打ち合わせとかありますし」

「打ち合わせ?」

 ヘイゼルは俺達が出て行く前に重要そうなことをさらりと告げる。

 決闘なんだよな? 打ち合わせって、いよいよ本気で料理番組っぽくなってきた。俺の中での緊張感がおかしなことになって来る。

 テトラは特に反応をしない。そんなことより出店を回るぞと俺たちに気を遣う。俺は微妙なテトラの態度が気になり、ザラメとコムギにこっそりと耳打ちした。

「今日のテトラさん、何かおかしくないですか? 妙にテンション高いと言うか」

「う、うん。逆に怖いね」

「そうか? まぁ、いつもより話しかけ易い感じはするけどな」

「何こそこそしてんの。置いてくわよ」

 テトラにどやされて俺とザラメは小動物めいた動きをする。テトラは気が付くとクルミの手を引いて既に外へ出ていた。


       ※


 三十分もしない内にあれよあれよと出店も悪魔も増えてくる。車を店にするやつ、自前の設営をするやつ、床に敷物をするやつ。

 食べ物だったり雑貨だったり本だったり花だったり、多種多様な売り物だ。よくわからん手品みたいな事をして路銀を稼ごうとする輩までいる。

 この悪魔達は売って良い許可が出たら春先の虫のように群がる職業なのだろう。旅商人が多いのかもしれない。

 早速クルミはおねだりをし麺類を食していた。俺は開いた口がふさがらなかった。

 なんと、テトラが自腹で払っていた。あの守銭奴が。

 一体どういう風の吹き回しなんだ。まさか負ける事を前提でせめて今日くらいは俺達と共に楽しもうとか思ってるのか。

 こいつはもっと傍若無人で我儘で不愛想で世界の中心が似合う悪魔のはずだ。

「ほら、ザラメもコムギも、折角だから欲しいものあったら言いなさい」

 ザラメは言葉を失い幽霊でも見る目をしている。

「確かに今日のテトラはちょっと気持ちわりーな」

 コムギは頭の後ろで手を組みながら、普通に酷いことを言う。

「全く、何なのよ皆して。私なりの軍隊の士気の上げ方よ」

 テトラはムスっとしながら尻尾をぶんぶん回した。

「軍隊って……でもこれは逆に調子狂いますよ。正直気味が悪いです」

「この際だから言っておくけど、あんた私が傷つかないとでも思ってる訳?」

 実際傷つかないだろお前は。仮に傷ついてもすぐ立ち直るし。形状記憶型メンタルが何を言う。

「こんなことしなくても大丈夫なんですよ。ヤトコさんも出場するし、俺もザラメさんも信念をもって臨む理由があります。コムギさんは……あれかな、火を克服する、って目標? いや弁当屋を復活?」

「私だけ雑だな」

 テトラから気持ち悪い微笑が消える。でもそれはいつもの顔だった。

「俺達はテトラさんが従えていたつまらない兵隊とは違います。安心してください」

 テトラはブレスレッドをあげた時と同じ顔をしていた。深い、でも嫌味っぽくない溜息を吐いてやれやれと肩をすくめる。

「確かに前の部下達とはまるで違うわ。一人は緊張で寝不足、一人はずっと顔色悪いし、一人は色ボケした食いしん坊で、一人は阿呆だし」

 コムギは左右に首を動かした後、自分を指差す。

「アホって私か?」

「でも、前よりずっと座り心地の良い玉座だわ」

 気遣われるのは信用されていない気がして逆に不愉快だ。いつも通りのぶっ飛んだ失礼な主人で居てくれて良いのだ。

 テトラの振る舞いはいつも通りに戻っていた。

「この私に啖呵を切ったんだから、あんただけは絶対に勝ちなさいよ。そうすれば勝利は確実なんだから」

 一度ネックレスに視線を落とし再び俺を見る。

「テトラさんこそ負けないで下さいよ」

「言うじゃない」

 テトラの片方の口角が上がる。つられて俺も含み笑いしてしまい、お互い悪巧みをする子供みたいだった。

「ごきげんよう、お姉様」

 しかし、俺達の笑顔は一瞬で凍り付いた。

 テトラと似た口調、たった一言で高圧的だと分かる態度。

 二回しか会っていないけど、この冷笑染みた台詞になってしまう悪魔を俺は知っていた。

 俺の後ろへ、テトラの厳しい視線が突き刺さる。

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