第38話 躾けられたつもりはないんだが……。
病院って元々静かな所だけど、精神病棟は特に異様な静寂に包まれている。音がしないのに耳を塞ぎたくなる。
配達が終わった後、俺達はすぐに精神科病棟最深部に到着した。カロテの部屋だ。テトラは自分の部屋のように遠慮せず扉を開く。相手が誰であれやっぱりノックとかはしない。
「邪魔するわよ」
テトラに続き俺は小さくお邪魔します、と付け加える。久しぶりにここを訪れたけどやはり相変わらず広くて綺麗で城の一室の様。とても病棟の中とは思えなかった。
「やぁ、お疲れ。元気?」
その部屋の角、小さい本棚の前で中性的な幼い悪魔が声をかけてくる。頭に乗っけていた眼鏡をかけ俺達に対して右手を上げた。
テトラは軽く顎をしゃくってそれを挨拶とする。俺は腰を三十度くらい曲げて会釈を返した。
「で、どうなの」
「いきなりだなぁ。もっと会話を楽しもうとかないの?」
カロテは分厚い本にしおりを挟んでから閉じ本棚へ戻す。眉をハの字にしているが、声色から本当に不機嫌って訳ではなさそうだ。
カロテはフラフラとベットの方へ向かった。
天蓋付きのベッドにはクルミが横になり、寝息を立てている。クルミはいつも、自分の担当分の配達を終えるとカロテの所へ遊びに行っている。家の寝床とは違ってふかふかで気持ち良いのかもしれない。
カロテは眼鏡を人差し指で上げる。
「四人、居たよ」
テトラは首を振って舌打ちをした。
「多いわね。その内、一人くらい殺せない訳?」
「ははっ、このタイミングで暗殺はそのまま戦争沙汰だよ」
「……あの、何の話ですか?」
話が全く見えない。
テトラは腕を組んで沈黙したままだ。見兼ねたカロテが口を開いた。
「決闘の立ち合いの話さ」
「立ちあい、ですか?」
確かこの病院の理事会が審査員をするっていう、あの話か。
「理事会は全員で九人。バールゼーブの息が掛かっているやつがいるのさ」
「もしかして四人って言うのは……」
「戦う前から四票負けてることになるね」
この前テトラが理事会のメンバーを調べてくれと言ったのは、その為だったのか。って言うか九の内四つって……ほぼ半分だぞ。そんなの理不尽じゃないか。
言うのを若干躊躇い、不機嫌そうな尻尾を見る。が、喉から止まらなかった。
「それを分かってても、受けるんですか。決闘」
テトラは背中を向けたまま何も言わない。
何も言い返してこないだけ、譲歩だと思う。
俺だって色々考えたんだ。
「……まぁ、悪魔ってそう言うもんですもんね。負けないように頑張りますよ、ご主人」
珍しく鬱屈そうに俯いていたテトラは顔を上げた。
俺は悪魔みたいな人間も、人間みたいな悪魔がいると最近知った。深淵の部分で理解不能な隣人なんて、人間同士でも腐る程ある。
結局人と悪魔の間にある垣根なんて力が強いとか、魔法が使えるとか、身体的特徴だけなのだ。
「中々理解ある人間じゃないか。寛容な子でよかったね」
沈黙を貫くテトラへ気遣い染みた冗談を振る。
「そりゃそうよ。私が躾しているんだから」
躾けられたつもりはないんだが……。
俺なりの友好の印は、効き目があったかもしれない。テトラの声色は少し明るくなった気がした。
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