第36話「……取り戻したい」
ウチのリビングまで連行されたザラメは、縛られたまま床の染みと見つめ合っている。身動きせずじっとそのままで居るのは、いじけていたり縛られているからでもない。
威圧してくる上司に睨まれているからだ。尋常ではない冷や汗を流し、ぷるぷると震えている。
「で、どう落とし前を着ける訳?」
テトラの鋭利な声色に、ザラメは閉口を極めて苦笑いしか出来ない。
「っせ、責任を、取って、や、辞め……」
「何? 聞こえない」
「あ、あの、だから……」
「まさかこのまま辞めるなんて言わないわよね」
辞職したい社員に対して威圧で阻止しようとする。慈悲はない。
「辞めてどうすんのよ。どうやって生きていくの。どうせ死ぬなら、私がいつでも殺してあげるわよ」
俺はぎょっとした。恐らくザラメもだろう。とてもテトラからの言葉とは思えなかった。
地鳴りでも聞こえてきそうな恫喝と叱責から、少しの憂慮を含む声色になる。
「……じゃあ、今殺してください」
怯えて居た態度は消え、再びザラメは腐る。全てを諦めてしまったその顔はヤトコとそっくりだった。
殻に閉じこもった相手に何を言うかと思えば、テトラが投げかけようとするのは言葉ではなく振り上げた手だった。
顔でも引っ叩くのか? ザラメも同じことを考えたのか小さく目を瞑る。
テトラは腕を振り下ろす。聞こえたのはパチン、でもバシンでもなく、バキ、と硬い物が砕けた音だった。テトラはザラメの目の前に拳を突き立てていた。
発泡スチロールを割るくらい簡単に床が突き抜け、くの字に曲がった床が突き出ている。何してんのこの悪魔。誰が直すんだよ、その床。
萎れつつもザラメは割れた床を見て瞠目する。って言うか縛られた状態じゃ立てないと思うんだが。
テトラのぎゅっと握っていた拳が紐解かれ嘆息した。やれやれ、と言う気持ちが怠そうに揺れる尻尾から伺える。
「私の手下なら、今欲しい物を死ぬ気で捥ぎ取りに行きなさい。殺してあげるのはそれからよ」
それはテトラなりの叱咤なんだろう。せめて手下って言い方はなんとかならなかったのか。
「あんたは私に喧嘩を売るくらいの気概があったはずよ。行動を起こすつもりなら、協力してあげる」
テトラの口からよもやそんな温かい言葉を聞けるとは。ザラメは床を見たまま俺以上に目を見開いていた。とても珍しい気の迷いにザラメはようやく縋りつく。
「……取り戻したい」
「何を?」
「ヤトコちゃんを」
「なら、言う事があるでしょ」
首しか動かない状態のザラメは、可動範囲ギリギリまで頭を下げる。
「皆、助けて欲しい」
テトラ弁当一同は視線を交わす。それぞれがバラバラに頷いた。テトラ自身は満足げに口角を上げ、俺も了承の旨を告げる。
「皆、ありがとう。ごめんなさい」
頭を上げないままザラメは涙をこぼした。お互い様ってやつだ。簡単な話じゃないけど。
「具体的にはどうするかって話ですけど……」
「そこは今思いついたわ。あんたらは決闘に備えていればいいのよ」
テトラのその言葉は頼もしくもあり、不安でもある。勝てそうで負けそうなギャンブルの席に立たされている気分。
「そ、それで、あの」
「何よ。まだ何かあるの?」
ザラメはしばらくぶりに顔を上げる。ふにゃっとした顔に戻りいつもの調子を取り戻していた。
「これ、解いて欲しいな……」
体にキツく巻かれているカーテンを目線で示した。
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