第35話「私、テトラ弁当辞める」
ザラメは俺とコムギに、ヤトコとの大切な思い出を語った。
締めの言葉として最後に、
「私、テトラ弁当辞める」
と、辞職の意を示した。
「私、ヤトコちゃんをユキヒラ君に重ねてたんだ。死にたい。もう放っといて」
ローにキマりきったザラメに対し、コムギは舌打ちを部屋に響かせる。
「ザラメが超面倒くせー感じになったぞ。どうすんだ?」
「どうすんだって言われても……」
ザラメは両手で頭を描きむしっている。髪の毛がめちゃくちゃだ。このまま放っておいたらカロテのいる病棟に入りかねない。
アドバイスなんて何を言ったらいいかわからないが、自責と後悔は俺にもよくわかる。
「ザラメさん、辛かった事を過去にしてしまうのは……前に進むために仕方がない事です」
俺は小さく丸まっている背中に言葉をぶつける。
「でも罪悪感は絶対に消えない。一生苦しみ続けて生きていくんです。死ぬのは卑怯じゃないですか?」
ザラメは何も言わないが、頭を描きむしる事だけはやめた。
「でも……」
出てくる言葉は陰湿なまま。この奈落の底に居る悪魔を引っ張り上げる手立てが思いつかない。
「でもでもうるせぇなぁ。人間みたいな悪魔だな、お前」
コムギの嘆息交じりの台詞。
それは何気ない一言で、ザラメやコムギとって塵ほどある言葉の一つの芥だろうが、俺にとっては一欠けらでも肺に突き刺さるくらい鋭利な屑だった。
人間みたいな悪魔も悪魔みたいな人間もいる。両者の垣根はほとんどない。
「お店に戻りましょう。テトラさんが優しいうちに折れた方がいいですよ」
「……ごめん、私、辞める」
尻尾を更に強く体に巻き付かせ身を小さくした。意固地になっている。
コムギが縮こまっているザラメの肩に手を置く。俺に変わって何か優しい言葉でもかけてくれるのだろうか。
「店長命令だ。悪いなザラメ」
コムギは先ほど破かれたカーテンを一瞬にしてザラメに何重にも巻き付け、背中の方でギュっと固く縛る。元々体育座りをしていたザラメはそのまま身動きが取れない状態になり、普通に縛られるよりも脱出が困難なように見えた。
「な、なにっ、なにするのっ」
「縛り上げてでも連れてこいって言われてるんだ」
「比喩ですけどね……それ」
まさか言葉のままを実行してくるとはテトラも思わないだろう。
しかし、改心させて連れていく事は不可能だ。こんな精神状態のザラメを放置していく訳にも行かないし。
「いやっ、やめてっ、私はもうこの家から離れたくないの! 死ぬまで!」
「口も縛っとくか。うるせぇし」
「ぁむ! うううう! むう!」
カーテンの切れ端で口も縛られたザラメは「よっこらせ」とコムギに背負われ強制的に連行される。ただの拉致だなこれ。
紛乱しつつも、ザラメは目で俺に助けを求める。俺が申し訳なさそうに目を逸らすと静かになった。観念したらしい。
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