第30話「待って!やめて!死ぬ!」

「本当にここか?」

「……もう、ここしかないでしょう」

 高さは俺の背丈の三つ、手を広げれば四人分はある大きな門。何かの動物をかたどった装飾があちこちに見られ、遠くから見れば豪華でお洒落な雰囲気だが、近くで見れば牢屋に見えなくもない。

 門の周りは同じ高さの壁で覆われており、よじ登らない限り飛び越えない限りはか道はない。一周すると軽い散歩になるくらいの広さだ。

 これがザラメの家の入口の門。

 コムギの「本当にここか?」は真っ当な疑問だ。俺だってそう思う。

 何度この辺りを捜索しても、ザラメの住所はここだ。

 さっさと尋ねたて間違っていたらすみませんで済む話だろうに、コムギも俺も呪いを掛けられたように門の傍らにある呼び鈴を押せないでいる。

 柵になっているので中は確認できた。

 寂れた草原が広がっている。その奥にぽつんと佇む豪華な屋敷と、隣接された小さな建物。その二つは似たような造りで姉妹を思わせる。

 池やら遊具やらもあり、手入れすればその辺の公園よりよっぽど豪華になるだろう。

「ちっ、埒が明かねぇ。とりあえず、押すぞ」

 コムギが呼び鈴に手をかける。

 ザラメが居る可能性があるなら行かなくちゃいけない。ここにいるのに、街を探し回るのは滑稽すぎる。

 門とは対極の色になる真っ白なボタンにコムギが触れる。何かの動作音が聞こえたがしばらく待っても反応はない。コムギはそれにもう一度触れる。

 やはり反応はない。

「留守か?」

「ちょっとわかりませんね」

「豪邸なのに誰も居ねぇのかよ。変だろ」

 ……確かに。これだけ広ければ使用人は必ずいるだろう。少なくとも毎日掃除する誰かが居るだろうし、留守って事は考えにくい。阿保のくせに鋭いな。

 ザラメは確か一人暮らしだ。つまり誰もいないか、ザラメが隠れているか……あとは、考えたくないけど何かのかのトラブル。

「どっか出かけてんのかな、仕事サボって」

「ザラメさんの性格からして、外をぶらついているとは思えません。暗い部屋の中蝋燭を眺めているタイプです」

「暗っ! 余計落ち込みそう!」

「なので、居留守じゃなかった場合、最悪のケースかもしれません」

 ドン引きしているコムギは一転、小学生が因数分解を習った顔になる。

「どういう事だよ」

「決闘関連で何かに巻き込まれた、かも」

 因数分解はわからないにしても、それがとにかくヤバい授業だと言う事は理解したらしい。聳え立つ門を険しい顔で睨みつけた。

 門は頑丈だし、壁は高い。だが高いだけだ。その先は見る限りでは何もなくただ空が続いている。

 そう言えば今日は晴天だった。

 雲一つない天井を眩し気に目を細めながら、コムギは壁の向こうへ石を投げた。

「何してるんですか?」

 コムギは「よし」と意気込み、俺へ振り向く。

「人間て弱いって聞くけど、どれくらい弱いんだ?」

 なんだその質問は、嫌な予感しかしない。だから俺は誇張して言う。

「そりゃもうヤバいです。コムギさんが本気で俺に息を吹きかけたら死にます」

「具体的に聞くけどどれくらいの高さから落ちたら死ぬ?」

「具体的に聞きますけど今から何をするつもりですか?」

「壁を越えるんだよ」

「だから具体的に……」

「飛ぶんだよ。あぁ、もううるせぇな。時間もないから行くぞ」

 コムギは俺の胸倉を掴む。クレーンに掴まれたように、俺は綿菓子より軽く吸い寄せられる。か弱い見た目だとしてもやはり悪魔。怪力は誰でも持っているらしい。

「待って! やめて! 死ぬ!」

 抵抗むなしく、俺の体は宙に舞った。

 土を離れ空中へと放物線を描き、ぐるぐると回る視界には緑が差し込んでいる。

 上から拭いていた風が今度は下から拭いてくる、同時にエレベーターで下の階に向かう瞬間の無重力感、内臓をひっくり返される浮遊感。吐き気を催しそうになって初めて地面が近づいている事を知る。

 滞空時間的に結構上に飛ばされたはずだ。そもそも壁の高さが俺の三倍はあったから六メートルは上に飛んでいるだろう。ぐるぐると回転しながらでは受け身など取れない。体操選手でもこの距離を投げ飛ばされて見事着地を決める事は難しいと思う。

 死んだかも。

 突然、浮遊感と回転が止まった。頭を思い切り打って痛みもなく即死したかと思った。

 衝撃がほとんどなかったのは、コムギが上手く支えてくれていたからだった。

「息を吹きかける程の衝撃もなかっただろ?」

 自分がお姫様抱っこされている事を知り、すぐに立ち上がった。よろよろと千鳥足を踏んだがなんとか倒れずに済む。コムギは俺を投擲した後に素早く飛び越え、二つの意味で土に還る前にキャッチしてくれたらしい。

 あえて高く放り投げたのはそのせいか、死にかけ故の消沈で怒気すら起こらない。

 代わりに大きな大きな溜息を吐いた。ゲロを吐かなかっただけマシだ。

「厳重な警備とかあったらどうしたんですか……」

「だから先に石を投げただろ」

 それを聞いてこいつはやっぱり阿呆だなと再確認するが、仮にテトラなら門をぶち壊していただろう。五十歩百歩だ。

「よし、行くぞ」

 コムギは何事もなかったかのようにずかずかと歩いて行く。

 ちょっと待ってくれ、まだ足がガクガクしてるから……。

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