第29話「仲直りって、どうやるのよ」

 たった一人で弁当を配り終えたテトラは溜息を吐いた。

 だが今日はまだ帰らない。テトラは精神病棟の最深部を訪れ、豪華な扉をノックせずに開いた。

 ベットで眠そうにしているカロテと楽しそうに話をしているクルミが支配に入る。

「やぁ。あれ、ユキヒラはいないんだね」

 ベッドの前まで来たテトラへ、カロテは従容な態度で手を振った。闘争のトの字も知らなそうな温柔な表情は元からの物か、クルミと話していたからか、テトラにはわからない。

「三日経ったわよ。何か情報は掴めたかしら」

「僕の間者は優秀でね」

「聞くわ」

 カロテは人差し指を立てて口元に持ってくる。それをクルミに見せ、優しく笑いかけた。

「決闘に参加する調理員が、君に関係ある」

「私に?」

 テトラの質問に小さく頷いた。

「名前はエンバク。さすがに忘れてないよね、自分の師匠の名前なんだし」

 クルミはどちらかが喋る度に首を動かして音を追っていた。

 テトラの表情は変わっていない。

 ただ、音量を小さくして

「死にぞこないのクソじじいね」

 と呟くように声を発した。

「間違いなく君の動揺を誘う作戦だろうね。腕も良いらしいし」

「当日に分かっても問題ないくらいの情報だったわ」

「ありゃ、手厳しいね」

 テトラは腕を組み、得意げにしているカロテに厳しい判定を下す。

 彼女の尻尾は小さく渦巻いていた。師の実力を思い出すと、焦りを感じずにいられない。

(エンバクには……ユキヒラでも、勝てないかもしれない)

 テトラは迷いを払うように首を振り、髪をかきあげた。

「……次だけど、こっちから依頼してもいいかしら」

「聞くだけ聞くよ」

「今回立会する理事会のメンバーについて調べて」

 カロテは目を見開き眼鏡を上げる。退屈そうにしているクルミの頭を撫でた。

「何で?」

「出来るの? 出来ないの?」

「バールゼーブにしか間者はいないんだよ、僕は」

「なら契約は破棄よ」

 カロテは真剣な顔で眼鏡を上げる。肯定の意味でやれやれと空中を仰いだ。

「一週間は欲しいな」

「なら、その頃に来るわ」

 テトラはベッドの天蓋をうざったそうに見つめる。目の前でベタベタといちゃつく二人を見て、包み隠さず舌打ちをした。


       ※


 病院からの帰路、珍しくクルミは隣に座っていた。自らの意志ではなくテトラに言われたからだ。

 窓に張り付くクルミは見た目相応の反応だった。列車などがあればずっと乗っていられるかもしれない。

「ねぇ、クルミ」

 テトラに呼ばれ窓から一旦距離を置く。せっかく窓から目を離したが、テトラは黙ったままだ。あと少し待っても喋り出さなければ、また景色を眺めよう、クルミがそう思った時だった。

「何でカロテと喧嘩したの?」

「かけごとがすきだから」

 クルミは呆れて首を振る。心配と織り交ぜっているその感情はカロテとどちらが年配なのか分からなくなる。

「そう。それで、一つ参考までに聞きたいんだけど」

 テトラはまた少し口籠った後、頭をポリポリと掻いた。

「仲直りって、どうやるのよ」

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