第24話「――ごきげんよう」
配達を終え俺たちは店に戻ったが、まだコムギは帰っていなかった。まさか本当に特訓が嫌になって家出したのかもしれない。まぁ別に困らないけど。
いやいや、勝負に出れなくなるから困るか。包丁を振る事しかできないクルミではさすがに壇上に立つのは厳しい。
そのクルミはまだ上の空だった。晴れて恋人関係になったのが相当嬉しかったのだろう。そもそも頭撫でたり元から恋人みたいにベタベタしていたけども。
そういえば喧嘩していた理由を聞いてないけど、原因はなんだったんだろう。
「看板、裏返して来ますね」
俺達が帰ってくる時間がイコール閉店時間になる。その時間以降に客が現れる事はまずないので、弁当が余っていてもさっさと閉めてしまう。
俺は半身を外に出し、入口にぶら下がっている表示を閉店に変えた。いつもはここで鍵を閉める所だが、約一名問題児が帰ってきていないので今日はまだ開けておく。
「えっ!?」
ザラメが突然声をあげた。何事かと思ったが、クルミが耳打ちしていたようで大体は察した。仲が深まったことを報告したのだろう。
それにしても、大病院の理事長の妹と超でかいヤクザ組織ボスの兄が恋仲って、芸能界的なスキャンダルに思えてくるな。
「い、いいなぁ、私もそう言う存在欲しいなぁ」
チラチラとこちらを見ながらザラメがわざとらしく嘯く。俺は気づかないふりをして無視した。
勢いよく店の入口が開いた。扉はギシ、と壊れそうな悲鳴を上げる。
やれやれ、やっと帰って来たか。色々と良いタイミングだ。
どうせ寝泊まりする所はないんだし帰って来るしかないんだけど。これから仕込みなので、その時間にちゃんと現れるとは中々偉い。
「コムギさん、おかえ――」
「――ごきげんよう、テトラ弁当の皆さん」
俺の予想は外れた。店に現れたのはコムギではない。
入店したのが誰だかわかった瞬間、店内は氷点下に包まれる。瞬時に俺の前へ、テトラとザラメが双璧を作った。
現れたのはバールゼーブと互角の組織、シュトレイトーのボス、バトラだったからだ。俺の腕を壊そうとした張本人だ。無意識に体が震えてしまう。
「もう閉店よ。またのご来店を」
テトラは敵意を露にして示威するが、バトラは子供にじゃれつかれたような顔をする。
「そんなに警戒しなくても大丈夫。今日は軽く仕返しをしに来ただけよ」
顔は笑っているのに、相変わらず冷酷な声で言う。仕返しが何かは全く予測が付かない。
「来なさい」
バトラに呼ばれ、開きっぱなしの店の扉から一人の悪魔が入って――
――いや、悪魔、じゃなかった。
尻尾も羽も角ない、俺と全く同じ形をした生き物。そっちの方が見慣れているはずなのに、数カ月ぶりにそれを見ると逆に違和感があった。
バトラに呼ばれて出て来たのは、人間の女性だった。
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