第23話「人間だぁ。久しぶりに見た。名前は?」
バールゼーブのボス、つまりこいつは決闘を申し込んできた組織の総大将なのか。
そんなやつが何故こんなところで寝ていて、しかもクルミの友人なんかをやってるんだ。
少年は欠伸をしながら背伸びをする。その温良とした仕草にはとても世界規模の組織が肩に乗っかっているとは思えない。
「ベルゼビュートは双子の弟だよ。僕は今、ただのカロテ」
「私も今はただのテトラ。現アスタロトは、妹よ」
組織のボス……の兄貴である少年の名前はカロテ、というらしい。悪魔名がベルゼなんとかってやつか。ややこしいな。
テトラ、と名前を聞いてカロテは掌を叩いた。
「君、最近噂の弁当屋か。組織の間者から聞いているよ。楽しそうじゃないか、三つ巴の決闘」
あっさり間者とか言う辺り、強かさが垣間見える。カロテはベッドの匂いをかいでいるクルミの頭を撫でた。目つきだけが少し鋭くなる。
「手を組まないか、僕と」
テトラの尻尾がぴくりと反応した。
「そっちが勝ったら、形だけ僕をテトラ弁当の配下にしてくれ」
「どういう意味かしら」
「僕だって外を歩き回りたいんだよ」
恐らくこれは、謀の話だろう。俺もクルミも蚊帳の外だ。
カロテはズレた眼鏡を人差し指で上げた。
「僕は間者から決闘の情報を流すよ」
「あんたが何考えてるか知らないけど、情報だけ貰って勝った後あんたを傘下に入れないかもしれないわ」
「まぁそれはそれで暇つぶしになるからいいよ。別に損はしない」
二人は再び黙ってしまった。
クルミは頭を撫でて貰いご満悦だが、突っ立っている俺は手持ち無沙汰だ。会話ごとにその口の動きを目で追う振り子時計と化している。
「人間だぁ。久しぶりに見た。名前は?」
沈黙を破ったのはカロテだった。テトラが警戒する中、俺は軽く自己紹介をする。
「ユキヒラかぁ。いい名前だ。魔界はどう? 楽しい?」
突拍子ない質問で俺は返答に困る。黙っている俺にお構いなく、カロテは続けた。
「楽しんだ方がいいよ。人間の生は凄く儚い」
言って、悪意なく俺に笑いかける。掴み所のない悪魔だ。何を考えているか全くわからない。
カロテはクルミを愛おしそうに眺めた後、黙って聞いているテトラをもう一度見た。
「返事は後でもいいよ、先にこっちが何かの情報をあげてから貴慮してもらって構わないし」
「……考えておくわ」
テトラは神妙にことを済ませる。今回も即決しなかった。らしくないな。
ベッドでごろごろしているクルミを見て、テトラは話題を変えた。
「それよりあんた、クルミの事どう思ってんの? ただの友人?」
急に爆弾をぶち込む。クルミの尻尾がぶんぶんと振り回される。
カロテは面食らう事もなく、クルミの頭にもう一度触れる。
「それは異性としてどうか、ってことかな」
カロテは首をかしげる。女の子のような仕草をすると本当に性別が解らなくなるな。
テトラは無言で頷いた。無邪気に喜ぶクルミを見て案じたか、テトラはたまに変な優しさを見せる。
「いい機会だから言っておこうか。僕は君を一人の女性として、好意を持っているよ」
それはどう考えても告白だった。見ている俺の方が恥ずかしくて反射的に口を押えてしまう。
クルミは何度も瞬きを繰り返していた。部屋の外へ駆けだしてしまった。感情の爆発に耐えきれなかったらしい、声をかける暇なく居なくなってしまった。
テトラはカロテを細目で睨む。
「詭弁だったら殺すわよ」
「あの子は悪魔としての気概も度量も実力もある、これからもっと惚れ甲斐のある女になるよ」
女、という言葉はその幼い見かけからも、クルミの年齢にも似合わなかった。
そこで浮かぶ一つの疑問。
「すいません。カロテさんはおいくつですか?」
「僕? 三百超えてから数えてないなぁ」
三百……つまり大人? だよな。今までの会話を見てれば至極当然なのだが。行きつく真に聞きたい疑問。ロリコンかこいつ。
俺が何を言いたいのか察し、カロテから口を開く。
「僕は守備範囲が広いだけだよ。ゆりかごから墓場まで行けるし、人間を好きになった事もあるよ」
カロテは眼鏡を上げながら淡々と語る。
人間を好きに、その台詞でテトラの尻尾がピクリと動く。テトラもそのような価値観を持ち合わせているのだろうか。
そういえばテトラって何歳なんだろう。口が裂けても聞けないけど。
「残念だったわね、幼女趣味の仲間じゃなくて」
「ユキヒラはそういう趣味なのかい? 良い歪みだね」
「断じて違います」
会う悪魔毎にデマを布教されては身が持たない。いい加減その風評被害を止めて頂きたい。
カロテはけらけらと笑い、急に真面目な顔へ戻った。
「三日後にまた来てよ。間者からの良い情報をあげる」
テトラは腕を組んでカロテに背を向けた。
「期待しないで」
「よろしくね、テトラ」
年相応の少年のように手を振る。テトラが手を振り返すことはなかった。
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