第22話「君、アスタロトか。久しぶりだね」

 クルミは妙に元気で、俺は変にそわそわし、テトラはいつもより不機嫌だった。全員が正常状態でないまま精神病棟へ行くのは如何なものかと思う。

 精神科病棟は他の高い建物とは違い、守衛のある一階部分だけで後は全部地下室だ。役割は治療施設より隔離施設に近い。

 ここの病棟だけは守衛を抜けた後、もう一度事務所を通して渡らなければならない。そこは強力な悪魔とて出るのも入るのも困難らしい何重もの魔法の檻が三度も張り巡らされている。

 ちなみに人みたく心を病む悪魔はいない。じゃあ何故精神科にかかるのかと言うと、端的に「狂っている」からである。

「ここ」

 クルミはとある個室を指差す。最下層の地下六階、その一番奥。つまりこの病棟の最深部だ。

 地下なので日の光は入ってこないのだが、恐らく魔法的な物で疑似的な昼夜を作り出している。窓とそこに映る外の風景はここに六階建ての建物があると想定した時のものだろう。ずっと見ているとここが地下だと忘れる。

 俺達が立っている個室は他と少し違った。病室と言うより社長室の方がしっくりくる。他の部屋からさらに何部屋分か遠くに置かれていて、特別な部屋であるのがわかる。

 クルミはヘイゼルの妹なのでどこでも自由にパス出来る。とはいえ、こんな所までフラフラしているとは……。

「本当にここですか?」

 例えるならここはダンジョンの最下層、つまり、この先にいるのはボスみたいなものだ。

 クルミは頷くと、ノックもせずに高級そうな扉を開く。多分いつもこうなのだろう。クルミに続いてテトラ、最後に俺が部屋に入った。

 中は広い。

 大部屋の五倍くらいは場所を使っている。部屋は六角形上で所々にクリスタルの装飾があり、絨毯は真っ赤、そして部屋の中央に天蓋の付いたベットが設置されている。

 病室よりはお姫様の部屋だ。部屋に隔離されている訳ではないらしく、風呂やトイレは部屋にない。

 クルミはベットの元へ急ぎ足で向かった。目的の悪魔が横になっているらしい、足取りが軽い。

 クルミは彼を揺さぶり無理やり起こした。覚醒までベットでもぞもぞしていたが、のっそりと体を持ち上げて目覚まし時計を見る。

「……おはよう。クルミ」

「おはよう」

 まるで一緒に暮らしているような不思議な会話は、声変わり前の少年の音声で再生された。

 彼は見た目はクルミより少し年上に見える程度の幼さ。蚕の糸を集めたような白に近い銀髪に、宝石めいたワインレッドの目玉が色合い良く、これで牙さえあれば想像上の吸血鬼だ。

 生き物の容姿というより聖書の一篇を絵画におこした、芸術品的な造形をしていた。

 中性的な顔立ちと年齢故に女の子にも見える。将来は間違いなく美少年だろう。クルミ、面食い説。

 クルミと言葉を交わした彼は遅れて俺達の存在に気付く。眠気眼でじっと俺達を観察していたが、枕元に手を這わせ始めた。奥の方に丸眼鏡があってそれをゆっくりと手に取る。

 同時に、テトラは大きく舌打ちした。

「……テトラさん?」

 テトラの尻尾は硬直してした。一驚を隠さないまま、大きなため息をつく。俺の声は届いていなかった。

 眼鏡をかけた彼は、眠気眼がしっかりと開眼かれている。テトラを直視しながら、思案顔をしていた。

「君、アスタロトか。久しぶりだね」

 彼は軽妙に破顔しながら、テトラを悪魔名で呼ぶ。

「……ベルゼビュート」

 対するテトラは厳然としたまま、彼をそう呼んだ。

「知り合い、ですか?」

 テトラはうんざりしながら肩をすくめた。

「こいつは、バールゼーブのボスよ」

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