第21話「冷めた熟年夫婦みたいな感じ」
『――テトラへ。特訓で火傷した。あの人間の中身は悪魔だ。探さないでくれ、半日くらい。コムギより――』
朝リビングに来てみると、テーブルの上に書置きがあった。殴り書きに近い字だ。適当な紙が見当たらなかったのだろう、キッチンペーパーにマジックでかかれていて一瞬ゴミと勘違いしてしまう。
テトラより先に発見してしまったが、とりあえずここに置いておけばテトラも目を通すだろう。
コムギはいないってことは、これで完全に逃げられない口実が出来てしまった。あいつ本当に火傷したのか、まさかの気を使ったのか、単に配達をバックレたかったのか。
全部か? まぁ考えてもしょうがない。
いざ行くとなると急に緊張して来た。動揺して俺も火傷しないように気を付けよう……。
※
配達は二日サボっただけなのに物凄く久しぶりに行く気がした。テトラは書置きを見たはずだが、いつもと同じように仕事をこなし当たり前のように助手席へ乗り込んだ。まるでコムギなど元から存在していないような振る舞いだ。
俺も何も言わず、ザラメともちょっと微妙な空気のまま別れて今に至る。
配達までの車内はロードノイズが響くだけ、クルミは後部座席で寝てしまい、テトラはずっと窓の外を眺めている。
クルミの友人に会うことを伝えなければならない。気後れしてしまうが、遅ければ遅い程言い出しにくくなる。
「あの、今日クルミさんが俺に合わせたい悪魔がいるらしくて。そっちに寄って行きませんか?」
反応はない。無視……ではなく、紡ぐ言葉を吟味している気がする。
「だれよ」
短く煩雑な言い方、時間をかけた割にはたった三文字だった。
「クルミさんの友達です。仲直りしたっていう」
「別にいいわよ。私もちょっと興味あるし」
テトラが興味あるなんて珍しい事もあるものだ。まぁ、俺も見たいと思ったくらいだしな。
「それよりあんた、特訓って何やってる訳?」
俺が口火を切った事によりテトラがその火を受け継ぐ。普通に会話をしたのは久しぶりだったけど、俺達の間にはパントマイミストが見えない壁を作っている。
「コムギさんって火が怖いんですよ。近づくのもダメなくらい」
「は?」
面食らった顔で口を開ける。完全に知らなかったらしい。だろうな、じゃなけりゃ数合わせとはいえ決闘に参加ないだろう。
「時間がないので、昨日から火を直接触らせてます」
「クルミが押さえつけて?」
「勿論、衣は付けてますよ」
濃い目に溶いた天ぷら粉が付いていれば、意外と熱くないものだ。
「そりゃ悪魔って言われるわよ。人間なのにね」
前半と後半で声色を変える。最初は皮肉っぽく、最後は物憂げに。
「悪魔みたいな人間はいっぱいいますよ」
何が正解か分からず、でも何か言わないと思い焦って口にする。
やはり微妙にギスギスしている。
これは喧嘩、なのか? 原因は何だっけ? 既にもうどうでも良くなってないか。なら仲直りはどうやって?
喧嘩も仲直りも、俺は生涯でしたことがない。
もう自分がどこに着地したいのかも分からなくなっていた。
このまま病院に着くまで、車内で会話が飛び交う事はなかった。なんなんだこの冷めた熟年夫婦みたいな感じは。
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