第20話「けんか、だめ」
「この、悪魔が……」
厨房の隅っこでコムギは気を失った。だらしなく足を投げ出し、床にお尻を密着させ項垂れている。
よりハードな訓練を昨日から始めた。が、あまり時間がないので四の五の言っていられないのだ。時間がないのは今日帰って来てからのテトラの第一声が「一か月後よ。決闘」だったから。
そのまま灰になりそうなコムギは休憩させておき、俺とザラメ、クルミは仕込みを続ける。
「そういえば、付き合ってる男の子とは仲直りしたんですか?」
俺は人参の皮をむくクルミへ何気なく聞いた。
この前は配達に行きたがらない程だったが、今はいつも通り行っているのでザラメとコムギの打開策によりなんとなかったのだろう。
クルミの手がピタリと止まる。頬を桃色にしたまま時間が止まった。案外可愛い反応するんだな。
「なかなおりは、した」
ぼそっとだが、嬉しそうに言う。
「良かったですね。じゃあ今はラブラブですか」
「おつきあいはしてない」
ゆっくりと仕込みを再開しながら、これもまた聞こえないレベルで言う。一丁前に照れるクルミを見る日が来るとはな。つきあいに「お」を付けるのも育ちの良さを感じる。
ニヤニヤしたザラメがクルミの顔を覗き込んだ。
「初々しいなぁ。ザラメお姉ちゃんは応援してるからね。いざとなった時の男の人の落とし方、教えてあげようか?」
「健全ですかそれ?」
「クルミちゃんのためだよ」
否定はしないのかよ。教えさせないようにしとこう。仮に健全ではないとして、色仕掛けをするクルミとか想像できない。
「あした、いこう」
クルミは一旦ピーラーを置き、俺の袖を引っ張っりながら呟いた。
「何処にですか?」
「ともだち、しょうかいする」
「そ、そうですね。会ってみたいかも」
自分の友達を紹介したいのか、いやに積極的だ。それに関しては別に良い。問題は俺だ。昨日も今日も配達に行かなかったし、テトラとは未だにまともに喋ってない。
俺は肉を切り落とし、調味用の袋へ突っ込んだ。
「だ、大丈夫だよユキヒラ君。悪魔だって喧嘩も仲直りもするから」
表情が曇っていたのか、ザラメは気を使って慰めてくれる。
「でも悪魔は悪魔にしか、人間には人間しかわからない事もあります」
俺の少し腐った発言は聞き捨てならなかったらしい。ザラメ剥いていた玉ねぎをシンクに置き、真剣な顔で俺を見据えた。
「悪魔と人間の何が違うの? 言ってみてよ」
異論を許さない、鋭い声だった。
「それは……」
すぐに反論できなかった。ザラメの文句は、吟味に値する言葉だ。俺はザラメに甘えてしまったのかもしれない。静かに口を閉じるしかなかった。
「けんか、だめ」
俺達の間に小さい悪魔がひょこっと現れる。やたらと説得力のあるクルミのその言葉。
「ごめんなさいは?」
主導権がまさかのクルミに移る。つい最近喧嘩をした経験が今まさに活かされている。大の大人が子供に仲直りを促されるのは、素直に恥ずかしい。
「ザラメさんすいません。ちょっと、感情的に……」
「わ、私も、ごめん。気にしないで」
形だけ頷いておくが、気にしないのは無理だ。
クルミの補助があったとはいえ、ザラメには簡単に謝れるんだけどな。
「じゃあ残りの仕込みを終わらせますか……と言いたいところですが、コムギさんが起きているので特訓を先にやりましょう」
「うぉっ、バレた!?」
実はずっと視線を感じていた。特訓が嫌なのか空気を読んだのか、気絶するふりを押し通すつもりだったらしい。
「クルミさん」
「離せえ!」
「ダメです」
バタバタと小さい拘束具に抗うコムギ。がんばれ。
再び特訓が始まり慌ただしくなったが、一瞬だけザラメとの間に築かれた壁が少し残っている気がした。
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