第18話「「え゛っ!?」」
――明後日出直して来なさい。悪魔病院で詳細を決めるわ。
決闘を申し込んだテトラは言い放ち、バトラはそれを飲んだ。決闘と聞いて顔色を変えたのは姉妹同様だった。
俺の腕を直してくれたクルミはいつものように反動で寝てしまっている。そういえばクルミが焦っている所を初めて見た気がした。人間はライオンとちゃんと仲良くなれるのだ。
テトラは神妙な面持ちでリビングへ、俺も仕込みはあるがこの状況で厨房へ赴く気にはなれない。ザラメとコムギのお料理教室メンバーもじゃあ帰りますね、って訳にもいかず自然と集まる事となった。
俺は飲み物を用意して全員に配る。クルミが横になっているため、ソファーは満員だ。座るならテトラの隣りが開いているが、俺は少し離れたところで立っていた。
「なぁ、大丈夫か? あのちびっこいのが居て良かったな」
コムギが気遣ってくれる。俺は回復した左腕を摩った。魔界であと何回危ない目にあえばいいんだ。改めて最悪な世界だな、ここは。
「テトラさんの妹だけど、あの悪魔嫌い。私にもっと力があったら……」
ザラメが少年漫画の主人公みたいな事を言っている。しかし、逆上していたとはいえ、ザラメは相手が格上だと分かっていて飛び込んできてくれた。それは素直に嬉しい。
「ザラメさん、さっきはありがとうございます」
「う、うん……」
ザラメは俺のお礼に、ぎこちない笑顔で返す。ザラメがそんな顔する必要ないのに。
「それにしても決闘の最中に決闘申し込むって、おもしれーこと考えたな」
コムギが軽い口調で話す。今はその軽快な喋りが救いに思えた。
飲み物に手を付けず、ずっと黙っていたテトラはようやく口を開いた。今日、初めて俺と目を合わせて。
そして大きく溜息を吐いた。
「面倒くさくなったの、全部、面倒なのよ!」
テトラの叫びが部屋に木霊する。俺は固まった。俺だけじゃなく、ザラメも。付き合いの浅いコムギはきょとんとしているが、これは大事件だ。感情に振り回される彼女を初めて見た気がする。
「だからさっさと終わらせる。一辺に片づけるわ」
「い、一辺に、って?」
ザラメが恐る恐る聞く。テトラは紅茶をぐいっと飲み干した。
「バールゼーブとの決闘にバトラの組織「シュトレイトー」を巻き込む。三組織で料理勝負して、勝って、はい終わり」
全員が黙った。遂にヤケクソにでもなったか。
でもテトラの顔は引きつりでも嘲笑でも冷笑でもない、性格の悪そうな、勝ち誇ったような、悠々としたいつもの笑顔だ。
「決闘内容は、料理の三本勝負で先に二勝した方が勝ち。お題は理事会のメンバーが決めて当日に抽選よ」
「へぇ、一本勝負じゃねぇんだ」
コムギはカップの液体をスプーンで遊びながら述べた。
「三本……」
俺はそんなに料理するのか、しかもお題ありとは……苦手分野が来たらどうしよう。デザートとかは素人に毛が生えたレベルだぞ。
「よくわからんけど、そんなに上手くいくのか?」
コムギはスプーンから手を放し、寝ているクルミのほっぺを突きながら言う。ナイス、俺が聞けなかった事を聞いてくれた。
「乗るわ、互いにそうするメリットもある」
「ふーん?」
間違いなくコムギはよくわかっていない。でも俺は何となくだけど、テトラの言いたいことを把握した。
「堂々と三組織が正式に勝負するのなら、暗躍は難しいってことですよね」
テトラはうなずく代わりに、目線を落として紅茶をすする。そうだ、俺たちはまだ喧嘩中だ。つい話しかけてしまった。
「で、でも、そうすると引き分けになる可能性があるんじゃ……」
ザラメは両手でカップを持ち、口元を隠しながら問う。確かに三組織が一回ずつ勝ったら引き分けだ。
「引き分けなしの四本勝負にさせる。二本先取で勝ちにすばいいのよ」
紅茶を拭き出しそうになった。おいおい、回数が増えたぞ。問答無用に俺に委ねられるこの命運……理不尽すぎる。
「が、頑張ってね……ユキヒラ君」
ザラメが控えめに応援してくれる。同情するなら代わってくれ。
「ザラメ、言っておくけどこれは個人じゃなくて組織間の決闘よ」
「え、ど、どういう意味……」
鉄面皮だったテトラは、再び意地悪な顔になる。
「テトラ弁当お料理教室の腕の見せ所、って意味よ」
その含みある笑顔はザラメと、コムギに向けられた。
二人はテトラと見つめ合い、そして互いを見合う。テトラの言葉の意味を咀嚼し表情が見る見るうちに変わって行く。
「「え゛っ!?」」
間と、感情と、ザラメとコムギの言葉が奇跡的にシンクロした。
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