第17話「お城に居た頃の顔に戻ったわね」

 どうやら、テトラの妹である事は間違いないらしい。名前はバトラ、それを口にする事すら戸惑いを抱えていた。

 バトラは向かいの席を顎でしゃくり、テトラに座れと示す。いつの間にか平静を取り戻しているテトラは、こちらに歩いてきた。いつもの悠然とした感じはない。

 テトラは緊張からなのか、まだ喧嘩中だからか、両方か、俺を全く居ないものとして通り過ぎる。対面の椅子を引き、どかっと腰かけた。

 正反対にバトラは姿勢を正して自分の姉と真っすぐ視線を交える。

「迎えなんて頼んでないわ。私の住処はここよ」

「会いたかった、とかないかしら。妹がわざわざ出向いたのに」

「あんたなによその猫かぶりは。私の真似?」

 バトラは少しだけ目尻が上がる。それだけで息をのむくらいの怖気があった。

「帰りましょう、お姉様」

「断るって言ってんのよ」

「それなら、力尽くになるわ」

 俺は思わず二人から一歩距離を置く。力尽く、嫌な雰囲気になって来た。テトラと同等かそれ以上の実力なら、今すぐ全力疾走で逃げても巻き沿いは免れない。俺は心の中で悪魔に祈る、どうかやめてくれと。

「お姉様のような臆病者は、私が守ってあげる」

 ザラメはクルミをかばいながらカウンターの下に隠れている。俺も入れて欲しい。

「今あんたの相手してる場合じゃないの。バールゼーブから口説かれてるのよ」

 紅茶に伸ばしたバトラの手が止まる。氷山の一角が崩れ、尻尾をふわっと揺らした。それは微かな同様にも思える。

「先手を打たれていたのね。尚更、今ここで姉様を手に入れるわ」

「あんたがどう足掻いても、私は古巣には帰らない」

「いつまで逃げているのかしら、この卑怯者」

「なんて? 本当に私と殺し合いたいみたいね」

 ピリっとした空気が場を凍らせた。銃を突きつけあっているような緊張感が襲ってくる。見守るしかできない俺は、息をするのも忘れていた。

「おいおい、姉妹喧嘩かよ。テトラ、お前同時に何人と喧嘩するつもりだ?」

 止まらなくなった二人のやり取りに、コムギは腰に手を当てながら水を差す。意外と肝が据わっているのか、いや、阿呆なだけかもしれない。

 バトラは割り込んできたコムギを睨み、カウンターでビビっているザラメや、棒立ちしている俺に目線を這わせた。

「随分と楽しそうにやっているのね。妬けちゃうわ」

 突如、バトラは姿を消した。気が付くと腰を軽く折り、俺の眼下でにっこりと笑っていた。

「下僕くらい、壊してもいいわよね」

 壊しても、と聞いてぞくりとした。

 その刹那、ギュチ、と雑音が聞こえる。

 俺の左腕をバトラが握り潰していた。

 生きて来て一番の痛みだったから、それが痛みだとわからなかった。

 バトラは笑ったまま離さない。

 このまま腕を千切るつもりかもしれない。

 俺が小さな悲鳴を上げてすぐ、腕はテトラによって解放された。肩の方まで熱く、痛みが走る。

 手先は紫色に変色し、自分の腕とは思えなかった。

「クルミ」

 バトラの手を抑えたまま、テトラが名前を呼んだ。クルミは俺の所へ駆け寄り、治癒の魔法を施してくれる。

 ぼんやりとした薄光に腕が包まれ、少しずつだが痛みが引いてくる。それでも俺の視界は霞がかって意識が飛びそうだった。

 姉妹の様子を見るとバトラは床に押し倒されていた。押し倒しているのはテトラではなく、ザラメだった。

 かつて温泉街で見た激昂よりも激しい逆上をしている。怒鳴り散らす声は何を発言しているか分からないくらいだ。

「ザラメ」

 テトラはザラメの振り上げた拳を、一言で止める。

 発狂に似た状態の悪魔を声だけで制止できたのは、世界がひっくり返る程の勃然、憤激がそこにあったから。比較にならないくらい、テトラはキレていた。

 バトラでさえ言葉に詰まっている様子だった。

「良い事、思いついた」

 平坦にテトラは告げる。その冷静さは狂気を感じさせた。

「バトラ、私はあんたに、決闘を申し込む」

 その瞬間、部屋から酸素が消えうせる。俺含め、全員の呼吸が止まっていたと思う。

「お城に居た頃の顔に戻ったわね、お姉様」

 バトラの口角には、形容しがたい歪みが生じていた。

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