第16話「久しぶり。迎えに来たわ、お姉様」
テトラの妹と名乗ったその客は、ウチの店のイートインコーナーに座っている。
客がイートインに座っている初めての光景だった。まだ弁当を買っていないので客と言っていいかわからなけど……。
別に怒られたわけでもないのに、俺とザラメはカウンターの隅で委縮していた。彼女の生まれきっての威圧感なのだろう、見た目は華奢な女悪魔なのに、その何十倍もの体積と対面している重圧を受ける。
髪色は艶のあるダークパープル、テトラの長髪とは違い、肩に届かない程度のふわふわとしたセミロング。瞳の色は一緒でライラックを宝石にした輝きを放つ。テトラに負けず劣らずの美人だが、テトラより少しだけ背が低く多少の幼さが勝る。
着衣に所々穴が開いていて、肌の露出が多く滑らかな肌が動く度に見え隠れする。ゴシック風のひらひらした衿から伸びるラセットブラウンのリボンと、同じ色の膝丈のスカート。彼女の放つ威圧感に似つかわしくない可愛らしい格好だ。
少しカジュアルな格好を好むテトラとは趣向が違い、人形を着飾るような恰好。小さいがオパールグリーンの花飾りが印象的だ。
「お姉様はいつ頃戻るのかしら」
テーブルから声が飛んで来る。正直、出来るだけ喋りたくないと言うのが本音だ。しかし喋り掛けられては無視する訳に行かない。
「いつもならもう到着してもいい頃で……」
「それにしても、華がないわねこの店は。お花でも飾ったら?」
質問しておきながら無視しやがった。鋭く言い放ったかと思うと、再びテーブルに視線を落とした。そのまま、ただ退屈そうに時間の浪費を再開する。
警戒心は溶けないが、どうやら好き勝手に悪さをする輩ではなさそうだ。
俺は小声でザラメに待っていて下さいと告げ、出来るだけ音を立てずに部屋の奥へ消える。飲み物を用意して戻り、恐る恐るその悪魔へと差し出した。
「遅くなってすいません。紅茶です」
俺は淹れたての紅茶を自称妹へ差し出す。近づいて行く時の目線が印象的だった。睨みつける訳でも軽視する訳でもなく、ただ人間として観察している。
とても静かな動作で、置かれた紅茶を一瞥した。
「あなた、お姉様の下僕?」
「数カ月くらい前から」
俺は控えめにうなずく。
事象妹の口調はテトラと同じようで少し違う。テトラ同様振る舞いから育ちの良さは伺えるが、テトラは誰に対しても「あなた」なんて二人称は使わない。想像するだけで気色悪いくらいだ。
「紅茶ありがとう。もう下がっていいわよ」
毅然とした態度で片手をあげる。有無を言わさない雰囲気で、俺はいそいそとカウンターへ下がってしまった。テトラの妹というのが本当なら魔王の娘ってことだから、この一級品の佇まいは本物なのだろう。
あれ、ちょっと待て。テトラの親父さんは既に亡くなっていて、組織の魔王候補だったテトラは組織から抜けているって事は、今の魔王って……。
「おーい、帰ったぞー」
雰囲気に似つかわしくない軽快な声が店内に響く。
裏口からカウンターに入って来たのはコムギだった。なんで今日に限って遅いんだ、早く二人ともこっち来てくれ。
「客かー?」
コムギは言うなり「うっ」と呟いて固まっている。敵意はないだろうが、この世の物とは思えない美貌を持った人形が睨みつける効果は、石化の呪いを授けるものだった。
その後ろからテトラが現れる。のそのそと寝起きみたく顔を出すと、俺よりも先に自称妹の方へ注意が行った。目の前で交通事故を目撃したように顔が強張る。
テトラはすぐに何かを言おうとしたのが分かった。俺の耳が聞こえなくなったわけではなく、開いた口からは何も出てこない。
自称妹は何も発しない姉を見兼ねて、
「久しぶり。迎えに来たわ、お姉様」
と泰然に言った。
「……バトラ」
対する返答の自若の欠片もない絞り出したような声。俺はテトラの難渋を極める表情を初めて拝む事になった。
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