第15話「夢を見るのは若者だけの特権ではありませんよ」
テトラとコムギは配達を終え、ステビアと約束を交わした会議室へ足を運ぶ。クルミは友人の所で油を売っていて、帰る際に拾う手筈だ。
最上階にある会議室の扉を開けると、既に先客が居た。手を後ろで組み窓を見て佇んでいる悪魔が一人。シルクハットを被るその悪魔を見て、テトラは舌打ちした。
扉が開いたことには音で気づいているはずだが、シルクハットの悪魔――ダスメサは目もくれず窓の遠くを眺め、独り言のように話し出した。
「私、空が好きなんですよ」
「空に夢見るなんて少年みたいね」
テトラはダスメサが居る事に対し、驚きは見せない。ステビアの意味深な発言から、何かがあることは予想していた。
「夢を見るのは若者だけの特権ではありませんよ」
シルクハットを取り、胸に当てる。オールバックの銀髪が姿を現し、二人へ振り向いて礼をする。
「あっ! お前、金貸し!」
ダスメサの顔を見てコムギが叫んだ。
「おや、これはいつかの。テトラ弁当で働いているというのは、本当だったのですね」
二人のそのやり取りを聞いて、テトラは理解する。
最近金貸しとして街に跋扈するダスメサ、信用もない相手に大金を出せる資金力や取り立ての確実性、世界でも指折りの組織であれば容易い。コムギへの借金を理由に関係を持とうとしていた。
「シルクハットで気付きなさいよ。こんなダッサイ服装、すぐ覚えるでしょ」
「確かにだせぇけど、服に興味ねぇからさぁ」
ダスメサは抱えるその帽子を我が子のように見つめる。
彼は一度咳払いをしてから、帽子を深く被り顔を隠した。
ノックの後、会議室の扉が開く。二人の悪魔が入室した。
先に入った悪魔は大きな目で会議室を見渡し、冬に咲く花のように笑う。
高級なシルクに負けない艶やかな長髪と、薔薇色に染まる童顔の頬が合わさり、その姿は悪魔ではなく天使に近い。この病院群の理事長、ヘイゼルだ。
あとから入ったもう一人の悪魔は対照的で、こちらは夏に降る雪のような美人。造形の神が贔屓をした無駄のない顔立ちだった。ヘイゼルの側近、ステビアである。
「お久しぶりです、テトラさん。私が差し上げた資料、役に立っていますか?」
大悪魔、ヘイゼルはにこやかに笑って問う。
「まぁまぁね。対応策まで書いてくれると助かったわ」
「あはは、厳しいですね」
自分のボスであるヘイゼルへの無礼に口をムの字に曲げ、人型になった美人の悪魔、ステビアは代わりに進言する。
「あそこまでまとめ上げられた資料があって対応策が取れないとは。相変わらず優秀な経営手腕をお持ちで」
「あら、金魚の糞って喋れるのね」
奥ゆかしそうな姿から出たとはとても思えない皮肉を、テトラは初雪でも見たかの様にあっさりと返す。
ステビアが次に何か言い返そうとした時には、コムギが口を開いていた。
「もしかしてお前、さっきの守衛か? 人型は随分美形だな」
コムギの率直な感想に、ステビアは満更でもなくクスクスと上品に笑う。
棒立ちしていたヘイゼルとステビアは部屋の中央の椅子に座った。話には一切かかわらず窓の外を眺めていたダスメサも、それを合図に窓から目を離した。
「座らないのですか?」
「お構いなく」
ヘイゼルがダスメサに着席を促すが、シルクハットは穏やかに横へ振れる。ヘイゼルは不思議そうに肩をすくめた。
「そう言えば、ユキヒラさんは?」
ヘイゼルはわざとらしく部屋をきょろきょろと見渡し、最後に首をかしげた。言い淀むテトラを見兼ねて、コムギが口を開く。
「あの人間は今テトラと喧嘩してるから、代わりに私が来たんだ」
「えっ、喧嘩?」
体面に座るヘイゼルとステビアはぎょっとする。テトラは額を手で抑えた。隣に座るコムギの足を、半ば本気で踏みにじる。
「痛い痛い! 何だよ!」
「うっさい」
続けて口を開きかけたヘイゼル達の前に、テトラは人差し指を一本突き立てる。
「この話は終わり。本題に入って」
「そうですね。その面白そうな話はまたの機会に」
「しないわよ」
テトラは小さく舌打ちをした。
ヘイゼルは表情筋を引き締めてダスメサを一瞥する。
「決闘、したいらしいですね。御存じの通り、正式な決闘には相応の地位を認められる悪魔の立ち合いが必要になります」
決闘と口にしただけで、各々が誰とも目を合わないようにすると同時に、相手がどんな反応を示すか探り合う。
「私は大病院の理事長として、組織バールゼーブから立ち合いを求められました。多忙なので正直お断りたいところですが、こちらにもメリットがあるので了解しました」
全員が真剣に聞く中、コムギは欠伸をしていた。
ダスメサは窓枠に指を添え、絵画を絶賛する評論家のように口を開く。
「理事会の方々全員で立ち合いをすれば、忖度も発生しにくい」
「まぁ、そうね」
テトラは腕を組みなおし流し目でダスメサを見た。
「どうしますか?」
ヘイゼルはテトラに選択を迫る。
ユキヒラとは和解していない。
大事な物の守り方が違うだけなのだと、彼に説明する暇はない。
テトラは今まで通り、自分のやり方で貫く事を静かに決意する。今までもそうやって生きて来たし、彼女はその方法しか知らない。
「問題ないわ。テトラ弁当は、この決闘を受ける」
「ご寛大な回答感謝します。それでは早速、勝負内容を提案しても宜しいでしょうか?」
ダスメサは大事な客に接待でもするように丁寧に腰を曲げる。
皮肉にも思えるその行動は、テトラにとって歴戦の知将を相手しているかのようだった。
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