第13話「あら、お邪魔?」
ウチの店には申し訳程度のイートインコーナーがある。数歩歩で端から端まで制覇出来てしまう狭さで、四人掛けのちょっと小洒落たテーブルと椅子が設置されている。
少なくとも俺は客がそのテーブルに居座る所を見た事がない。配達から帰ってきた俺達がここに座ってくつろぐくらいのものだろう。
店の入口から見てテーブルの奥にレジがある。そこに椅子を二つ置いて、俺とザラメは隣同士で座っていた。
扉が開くかどうかをただ眺める仕事は退屈極まりない。ザラメにこんな毎日をどうやって暇潰しているのかと聞いたら「妄想」と返って来たのでちょっと申し訳ない気分になった。
テトラ達が行ってからどれくらい経っただろうか、ロクに客が来ないこの店に二人で店番する意味などほとんどない。って言うか、ない。
「ユキヒラ君、テトラさんの事考えてるでしょ」
ザラメは髪を垂らして俺の顔を覗き込んでくる。
「俺ってやっぱ顔に出やすいですかね」
「そんな浮かない顔してたら、誰でも気づくよ」
自分では隠しているつもりだったけど、確かに普段はもっと表情筋が動いているかもしれない。
上手く隠せないとテトラに合わす顔がない。さすがに明日は配達行かないと不味いだろうし。
俺は相当複雑な表情をしていたのだろう。ザラメの顔まで曇ってくる。
「そんなに悩むなら、もう私の下僕になっちゃえばいいのに」
「別にいいですよ、なっても」
「へっ? え!?」
この悩みから抜け出せるならなんとかしてくれ、そんな思いを込めた冗談だ。でも思いの他ザラメがマジに受け取ってしまい。慌てて訂正しようか迷う。
ザラメは白色照明くらい明るくなった顔が、急に昼光色から夕焼け色にまで明度を落とす。お出かけを楽しみにしていた子供が、その日が雨だと知った時のような顔をした。
「でもやっぱり、いいや。隣でずっとそんな顔されたら、私壊れちゃう」
下僕云々の冗談はザラメなりの気遣いとはいえ、さすがに申し訳なくなってきた。いつまでうじうじと腐ってるんだ俺は。
ネジが外れている悪魔とはいえザラメも大事な……大事な、何だ?
俺は今、大事な〇〇だからあまり迷惑をかけたくない、と思った。
その「〇〇」には何が入る?
「俺とザラメさんの関係って何て言うんですかね?」
「き、急にどうしたの?」
不躾だっただろうか。さっきの喜び交じりのものではなく、単純に驚いている。
ザラメは恥ずかしそうに自分の体を抱きしめた。
「ふ、不倫関係?」
「どこから突っ込めばいいんですかね、それは」
「じ、自分の言うのもなんだけど、友達じゃないかな」
「友達」
「それか友人以上、こ、恋人未満? なんちゃって」
ザラメの言葉は呼吸を忘れるのに十分で、鉄の空気を吐き出し、肺に新しい酸素を取り込むような爽快感があった。
友達なんて子供臭い言葉が〇〇の中にすっぽりとハマる。
俺は友人なんて存在しなかった。
悪魔と人間だぞ。
悪魔のお前がそれを言ってくれるのか。
「ははっ」
笑ったのは魔界に来て初めてかもしれない。本当に純粋に、テレビで芸人が笑わせてくれるように声を出した。
我に返ると、ザラメが紅潮しながら俺を真剣に眺めていた。
「何その笑顔……テトラさんにはいつもそんな笑顔を……」
「いや、こんな風に笑ったの、魔界に来てから初めてかも」
ザラメの小さな体が跳ねる。気分が良くてつい口が滑ってしまった。
「私の気持ち知ってるくせにそういう事言うんだ」
ザラメは興奮気味に席を立ち、俺の肩を掴んだ。眼がグルグルになっている。力加減が出来ていなくて俺の肩が軋む。ほんのりとした痛みは、締まっていく血圧計が止まらないような小さな危機感に襲われる。
ザラメの息遣いが荒い。
「だ、大丈夫、痛くしないから」
「何が!? いや既に肩痛い!」
突然の絶体絶命に、冷たい物が頬を撫でる。ザラメの髪も揺れていて、それは風だと分かった。
風が入ってきた方向は店の入り口で、開いた扉の前で一人の女悪魔が立っている。
まさかの客だ。
「あら、お邪魔?」
冷然としたその女悪魔は初対面だが、何処かで会ったことがある気がした。俺とザラメの状況に一瞬戸惑ったようだが、そのまま何事もなかったかのように清まし顔で入店する。
凛とした佇まいで俺達を見つめる。
「お姉様は何処?」
「……お、お姉様?」
「えぇ。妹のバトラが迎えに来たと伝えて頂戴」
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