第12話「なんでそんなに火が怖いんですか?」
俺がお願いした通り、クルミにはコムギに抱き着いもらって全体を拘束し、ザラメはコムギの両腕を抑えててもらった。これでコムギは身動きが出来ない状態になる。
悪魔のためのお料理教室も終盤、今からコムギの特訓開始だ。
「あとでぶっとばすからな!」
拘束されながら、魔女狩りに遭った冤罪の魔女ように叫んでいる。
立つ位置はガス台から約三メートルの距離。コムギにとってはこれが断頭台に見えるのだろう、二人を振りほどいて逃げ出そうと必死である。
「俺だって、本当はこんな事やりたくないんです」
「嘘つけ! ちょっとウキウキしてるじゃねぇか」
これはショック療法である。怖い物は慣れさせるに限る。おぞましい昆虫だって、毎日見ていたら目を逸らさないくらいにはなるはずだ。
俺はコンロの取っ手に手をかけた。
「行きます」
「後生だ、やめてくれよ、頼むよ……」
コムギは泣きそうだ。
俺は無慈悲に着火した。
「ひっ――!」
後は、一時間ほどの阿鼻叫喚である。
※
俺はリビングで四人分の飲み物を淹れ、ザラメ、クルミ、コムギ、それぞれの前へ置いた。まだテトラは部屋から出てこない。クルミは珍しく文字の練習をしていた。
コムギは放心状態で紅茶を眺めていた。仕返しをする気力は残っていないらしい。
余談だがこのクッキーはザラメが作ったものである。そのザラメは頭をポリポリと掻いて、遠慮がちに紅茶を飲んだ。
「怖がるコムギさん、可愛いかったよ」
「特訓じゃなくて、拷問だろ。あれは」
コムギは目に色がないまま言い返す。
それにしてもコムギの怖がり方は異常だ。人間ですらこんなに怖がる人は見た事がない。火事で酷い目に遭ったとかかもしれないけど、悪魔はそんなこと引きずったりしない。
俺はクッキーを一枚齧った。
「なんでそんなに火が怖いんですか?」
「別に怖くねぇ」
コムギは口を尖らせる。さすがにこの期に及んで怖くないは通らないぞ。
「とにかく、慣れないと料理はできませんよ」
「私が壮絶な経験をして、火が苦手になった場合を考えたか?」
「え? 悪魔ってトラウマなんか抱えないですよね」
「お前、良い性格してるじゃねぇか」
コムギは親の仇のように俺を睨んだ。誤魔化すために俺は飲み物を含む。
丁度全員が黙ったタイミングで、廊下側のドアが開いた。耳が休んでいた所だ、文字の練習に夢中のクルミ以外は自然とその方角を確認する。
入って来た悪魔はテトラだ。彼女はいつのまにか寝巻になっていた。紫色の暖かそうなモコモコに包まれている。
「何、見てんのよ。終わったならさっさと解散しなさい」
何か言おうと思ったが、相手を黙らせる気迫があった。
テトラは飲み物を取りに来たようで、目的の物を取るとすぐに部屋から出て行った。いつもならこの場に絡んでくるだろうに。
「おいおい、本当に喧嘩してんだな」
コムギはクッキーを放り込み、素直に吐いた。肯定するのも否定するのもなんだか違う気がして、俺はぎこちなく口角を上げる。
それより、俺は他の皆とは違う点に気を取られていた。
さっきのテトラ、今日は寝巻をわざとらしく臍の辺りまで開けていた。
おかげで、いつも大切に付けているはずのネックレスを外しているのがわかった。
……馬鹿らしい。やり方が子供みたいだ。
「ユキヒラ君?」
ザラメが心配そうに俺を見つめていた。俺は今、きっと険しい顔をしている。頭が完全に冷えるまで、テトラとはちょっと距離を置きたい。
「大丈夫です、すいません。あの、明日なんですけどコムギさんが配達に行ってくれませんか?」
コムギは口に近づけていたカップを一度置いた。
「明日テトラからお願いされるなら、私は構わないぜ」
「多分そうなると思います。その時はお願いします」
配達ではクルミが居ても、俺とテトラが二人になる時間がある。人員が増えたんだし、一日くらい店番のシフトになったって構わないだろう。
「そ、それはつまり……」
ザラメが輝いた顔をしていた。何か彼女を褒めるような事でも話したか思い出してみるけど、特に思い当たらない。
「二人っきりで店番、初めてだね」
なるほど、そういうことね……。ザラメの眼の中心にハートが見える。
俺は前言撤回しようか迷ったが、テトラと居るよりかはマシだろうなと判断した。
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