第10話 やっぱり分かり合えない

 決闘と聞いて想像するものは然程多くはないと思う。少なくとも笑顔になる為の単語ではないし年寄りが口にする言葉でもない、剣呑な台詞だ。

 ダスメサが提示した決闘の条件は簡単な物だった。


「弁当屋同士での料理勝負を申し込みます。こちらが勝てばそちらが傘下に下る、負ければこちらの撤退等そちらの条件を呑む」


 二人の剣幕からして、恐らくこの内容は上辺のものだ。小さな子供が大人同士の会話の裏を理解できないのと一緒で、本当は何を奪い合おうとしているのか、俺にはさっぱりだった。

 テトラの返答は、すぐに首を縦横に促すことはせず、意味ありげな沈黙の後、

「考えさせて」

 と呟くに留まった。


       ※


 帰りの車内、テトラは腕を組んで微動だにしない。寝ているのかと思ったが、時々小さな溜息が聞こえるのでそれは否定できた。

「決闘って、やっぱり普通は殺し合いなんですか?」

 必ずしもそうではないが、俺の知識ではそうだ。勿論、魔界で同じとは限らないけど。

「そうよ。向こうのボスと一戦交えるのかと思って、ワクワクしたんだけどね」

「相変わらずですね」

 今の台詞は多分、テトラの強がりだった。

 そういえばテトラはダスメサが属している組織を知ったような口ぶりだったが、どんな組織なんだろうか。

「強いんですか? 相手のボスは」

「先代は相当強かったわね、私のお父様と相打ちだったもの」

 相打ち? って事は、互いに死んだって事だろうか……。

「今回負ければ」

 テトラは一度話を切って、また口を開く。

「ウチが撤退するだけじゃすまないわよ」

「また俺を売り飛ばす?」

「あんたはそのほうがマシね」

 俺の冗談に付き合おうとしない。いつもの余裕はどこに置いて来たんだ。そして今の言葉の意味が、わからない。

 テトラは尻尾をうねらせた。

「あいつらが欲しいのは私。負ければ傘下に入る、これは私が相手の軍門に下るって事よ」

「何でそこまでウチに、テトラさんにこだわるんですか?」

 俺は喉を唸らせた。そもそも魔界の組織事情の知識が足りてない。

「私の血筋が厄介だからよ」

 ノーウォークの事件で実力が知られてしまったせいで、ウチが邪魔って事か?

 まぁ確かに、自分の家の中なのに入れないスペースがあったら、誰もが気に食わないだろう。

 魔王の血筋がどれほど影響力があるのかピンとこないが、ヤバそうなのは何となくわかる。

「じゃあ、駆け落ちしちゃいましょうか。逃げればいい話です」

 俺の口から出た言葉とは思えなかった。自分でもびっくりなのは、半分は本気だった。もしこれでテトラが「そうね」と言ってくれたら、どうしただろうか。

 俺にとって、世界での居場所は一つしかない。

 元の世界でも既に居場所はなかった。

「ユキヒラ、決闘なの。名誉にかかわる」

 聞こえて来たのは、夢から覚める声だった。繋いでいた手を無理に振り解かれた時の感覚に似ていた。俺は今散歩中いきなりリードを離された犬だ。

「決闘なんて受けずに、何回でも逃げればいいんですよ」

 俺はちょっとムキになっていた。口調には少し棘があったように思える。

「悪魔にとっての決闘は重要なんだから、これは好機でもあるの」

 台詞に中てられて、テトラは俺を睨みつける。たまにみせる怒りの表情ではなく、敵意に似ていた。

「全てを投げてメンツを選ぶなんて、悪魔って本当にくだらないですね」

 俺はちょっと震えていたが、ハンドルを握りしめてなんとかそれを隠した。

 テトラは懐かしい表情をしていた。俺と初めて出会った時の顔だ。

「これを蹴ってもしょうがないって言ってんのよ。いずれぶつかる問題だから、今終わらせて……」

「決闘から逃げるなんて格好悪い事をしたくないだけでしょ」

「だから、そうじゃないって言ってんでしょ。さっきから何怒ってんのよあんた」

「別に。人間と悪魔って、やっぱり分かり合えないですね」

 俺は言ってからハっとした。

 もう遅かった。

 テトラの悲傷、落胆、そして静かな嚇怒と、軽蔑の表情が俺の目に映る。

「あの、テトラさ――」

「もういい」

 テトラは俺の台詞を強引に切った。俺は多分、言ってはならない事を口にしたのかもしれない。テトラはそっぽを向いて、小さく「あんたも、ただの下等な人間ね」と呟いた。

 俺がこの魔界で一番言われたくない事を、一番言われたくない相手から聞く事になった。

 抱き着こうとした相手に突き刺された気分だった。

 気づけばまた速度が上がっていたが、俺はブレーキを踏まずにそのまま走り続けた。

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