第9話「決闘を申し込みます」


「おやおやこれは、テトラ弁当さんではありませんか」

 悪魔病院にて、俺が弁当を台車に積んでいると、穏やかさの中に危険を孕んでいるような声がした。俺とテトラはほぼ同時にその悪魔を確認する。

 シルクハットの鍔を摘まむその悪魔は、忘れ難いインパクトがあった。そいつはこの前ウチに訪れた金貸しの悪魔、ダスメサだ。

「美味しかったですよ、この前のお弁当。卵焼きが入っていなかった事が残念でしたが」

 妙に腰が低いので脅威は感じられないが、油断できない。背後を見せたらすぐに切りつけられそうな気さえする。テトラは俺を守るように前へ出た。

 ダスメサはシルクハットから指を離し、その手を胸の中心へ持っていく。敬意は払っているようだが、テトラは気に入らないようで舌打ちをする。

「で、これは偶然?」

「お会いしたのは偶然ですし、用があったのも事実ですよ。最近この病院に参入した弁当屋、ウチの一派が手掛けていましてね。そちらと弁当の数を競っているんですよ」

「一派?」

 間髪入れずテトラは言う。

 こいつは金貸しじゃなかったのか? とか、つまり何を言いたいのか? とかを俺が考える前に、二人はもっと先の何かを見据えて話しているように感じた。

「全部を失うリスクより半分を確実に残す方が安全ではありませんか? 売り上げはこちらに傾いている様ですし」

 言葉の中で「こちら」を随分と強調した。含みを持った言葉はよくわからないが売り上げで負けていると聞いて、リビングで資料を睨んでいたテトラを思い出す。

 もしかしなくとも、件の商売敵はダスメサなのだろう。

「そう言う訳でして、テトラ弁当さん。ウチの傘下に入りませんか?」

 瞬間、空気が凍てつくのを感じた。

 それは余裕そうに見えるダスメサも、動かす事は出来なかった。永遠にも思えた停滞はゆっくりと動き、指針は静かに針先を悪魔の心臓へ向ける。

「それは、私が誰だか分かって言っているのよね」

「勿論。私はあなたを畏怖しておりますよ、アスタロト」

 黙った末出てきた言葉はそれだった。

 テトラの正体がバレている。

 未だ環境を犯し続けている毒霧、ノーウォークの解体、魔法をあまり使いたくないと言っていたテトラの真意が、何となくわかった気がした。

「単刀直入に聞くわ。あんたはどこの組織の手先?」

 ダスメサはシルクハットで面を隠し、

「バールゼーブ」

 と勝利を宣言するように言い放った。

 聞きなれない単語に俺は眉を顰めるだけだったが、テトラは違う。警戒を見せるように腕を組む、敵と話す時、いつも通りにやる仕草だ。

 テトラは笑っていた。

 俺は強い不安に駆られる。こいつが本当の意味で強がっている所を初めて見た。

「成程ね。でもこのお誘い、私の古巣が黙っていないと思うけど?」

「承知の上です。話が早くて助かりますね。そして、ご返答は?」

「クソ食らえよ。あんたのような雑魚じゃなくて、ボス自ら頭を下げに来るならテトラ弁当の傘下に加える事くらいは、考えてやってもいいわ」

 俺は二人が何を喋っているのか、ついて行けない。が、今の台詞が決定的な終止符になっている事は悟った。話の規模が分からないので、ふわりとした焦燥感しかない。

 シルクハットの悪魔、ダスメサは固まる。次に顔をあげた時は先ほどまでの取繕った顔でもなく、憤怒でもなく、意外にも悲愴な面持ちだった。

「それは残念です。そうしましたら、こちらも手段を選べません」

「何よ」

「バールゼーブは、テトラ弁当に決闘を申し込みます」

 その瞬間、テトラの顔から完全に笑顔が消えた。

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