第8話 ファイトだザラメ。

 翌日。

 トラブルはなく、普通に夜が明けた。今朝はいつもより大分早くザラメが出勤し、俺の貞操を気にして来た。こっちも通常運転で何より。

 コムギは腐っても同業者らしく、調理以外は中々良かった。盛り付けも悪魔にしては器用にこなすし、適当な所は随所にあるが基本的に仕事は早い。

 いつもより早い時間に弁当を積み終え、余裕をもって出発できる状態になった。

「普通に仕事できるんですね」

「失礼だな人間、小さい頃から弁当屋手伝ってたんだ。味さえ盗めばウチに弱点はねぇぞ」

「その弱点が大問題ですけどね。火が怖」

「おいコラ! 言うなって!」

 コムギは急いで俺の口を塞ぐ。洗い物が終わったばかりの手だ、口周りに水滴が付着して気持ち悪い。

 そんなに必死に隠す事でもないのにな、別に。

 顔を真っ赤にして俺を睨むコムギを見て、またちょっとだけ悪戯心と鬱憤の発散欲が高まる。俺が喋るのを止めた事を確認して、そっと手を離した隙に再び暴露してみる。

「聞いてくださいコムギさんて火が」

「テメェ! シバかれてぇのか!」

 再び口を押えられる。力加減が出来ないくらい焦っているようで、若干息が出来ない。俺は両手を上げ降参のポーズをとった。これ以上は窒息の危機だ。

「あんた達、随分と仲良くなったわね」

 テトラが尻尾をうねらせながら言った。言葉に大分トゲがある。

「どこがだ! テトラ、この人間が調子に乗りすぎだぞ!」

 コムギはそれが皮肉だと気づかず、表面の意味だけを捕えていた。コムギとテトラにまで睨まれ出したので、そろそろこの辺で黙っておこう。

 ふと視界の隅に、ぼうっと外を眺めているクルミが居た。そういえば昨日配達から帰って来てもほとんど話さなかったし、夕飯の時も食欲がなかったし、ちょっと様子がおかしい。

 話題を変える意味でもちょっと聞いてみるか。

「クルミさん、具合悪いんですか?」

 クルミは聞こえていなかったのかと思うくらい、遅れて反応を示す。こちらを向いてゆっくり首を横に振った。その顔色は明らかに愁いが見られる。

「きょうは、おるすばんする」

 久しぶりに喋ったと思ったら、これまた珍しい。

 最近は弁当配達を手伝うついで、友達に会うために行きたがるのに。這って来た蟻を眺める目つきで俺を見ていたテトラは、クルミに注意を向ける。厳しいものから一転、少し柔らかい顔になる。

「クルミ、あんた最近できたっていう友達と、何かあった?」

 テトラは鋭く言い放つ。クルミは特に反応しなかったが、数秒後に溜息を吐いた。反応からしてテトラの考えは正解らしい。

「そう。じゃあザラメ、配達の間、クルミをよろしく頼んだわよ」

 クルミがここまで態度に表すのは中々の事態だと思うのだが、テトラは割とあっさりした対応だな。後はザラメに託すらしい。判断としては間違っていない、テトラじゃ子供の相談に乗るなんて無理だ。

 クルミと仲のいいザラメも心配で浮かない顔をしている。人間の俺では役者不足だしな。

「何だ何だ? ねーちゃんが話聞いてやるぞ?」

 斜め上の優しさを見せるコムギ、姉御肌を振る舞いたいだけに見える。いきなり肩を組まれたクルミは抵抗する事無く揺さぶられていた。

 住み込みになっているコムギもザラメと同じ店番組だ。今日の配達は久しぶりに俺とテトラだけで行く。

「コムギ、私が居ない間に勝手な事したら殺すからね。ザラメ、こいつを頼んだわよ」

「えっ……」

 ザラメはあからさまに嫌がる素振りを見せた。店番に加え、クルミの労りとコムギの監視、今日はやけに重労働だな。ファイトだザラメ。

 クルミの不快そうな顔は悩んでいる友達の事なのか、それともコムギに絡まれているのか、両方か。俺は可哀想だなとちょっと後ろ髪を引かれつつ、テトラと共に店を後にした。

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