第4話 元魔王の諜報機関。名前だけは格好いい。

 今日は休日だ。俺はいつもの家事をこなし、ひと段落付いた所だった。

 クルミは既に出かけている。友達に会いに行くとか言ってたが、大丈夫だろうか。

 テトラは遅めの朝食の後、砂糖たっぷりの紅茶を飲みながら机の上で何かを睨んでいる。俺は自分の分のコーヒーを淹れた後、テトラの近くに座る。覗き込んでみると、睨んでいるのは数枚の書類のようだ。細かい数字や表っぽいものが書かれていた。

 あえて黙っておく。話しかけたら怒られそうだ。

「ねぇ。それなんですか、って聞きなさいよ」

「……それ、なんですか?」

 選択肢を誤った。そっとしておくのではなく、愚痴を聞いて欲しかったらしい。ここまで来ると、怒られないようにするには察する能力云々より運に任せた方が早いかも。

「ウチと最近参入してきた、とある弁当屋の売上表。客を徐々に取られてるわ」

「でも、大体売り上げは二百個くらいじゃないですか?」

「それは別の弁当屋が撤退してるからよ。売ってる数だけを見れば、その弁当屋に負けてる。このまま放っておくのはちょっと危険ね」

「えっ、経営者っぽい事言ってる……。拾い食いでもしましたか?」

「殺すわよ」

 テトラは尻尾をうねらせながら紙を捲る。珍しく本当に困っているらしい。

「向こうも特別な弁当箱、使ってたりするんですか?」

「普通に使い捨てよ。アンケートもウチの方が旨いって結果が出てる」

 紙を雑にまとめて俺に投げる。アンケートとか、いつの間にやっていつの間に集計してたんだ? 商売敵の細かい情報を持っている時点で凄いぞ。

 テトラは弁当屋より諜報の方が向いているのでは? 元魔王の諜報機関。名前だけは格好いい。まぁ多分、テトラじゃなくてヘイゼル辺りが情報を横流ししてるんだろうけど。

「私の下僕として、何かいい案を出しなさいよ」

 出た、無茶振りだ。いきなり突きつけられてもさすがに思いつかない。俺がコーヒーを一口飲み少しでも時間を稼いでいると、家の呼び鈴が鳴った。休日に来客とは珍しい。いや、そもそも来客自体が珍しい。

 俺が腰を上げて玄関に向かおうとするともう一度呼び鈴が鳴った。その後も、俺が一歩進む毎に呼び鈴を鳴らしまくっている。やけにせっかちな来客だな。

「うっさいわね。誰よ」

 俺が出る前にテトラが玄関へ出向いてしまった。元々売り上げの事で機嫌が悪かったので、タイミングが悪い。お客さんご愁傷様。

「ちょっとあんた、うるっさ――」

 テトラが勢いよく玄関を開けた瞬間、飛び込んで来たのはこの前配達前に現れた、ポニーテールの悪魔だった。その悪魔はテトラに頭突きせんばかりに、勢いよく頭を下げる。

「姉御、持って来たぜ!」

「またあんたか。いい加減にしなさいよ」

 テトラはこの前より乱暴にその悪魔を玄関の外へ突き飛ばす。相手はわたわたとした後、自分の足に縺れて尻もちをついた。

「私、忙しいの。今すぐ消えないとすり潰してパンの材料にしてから鳥の餌にするわよ」

 テトラの捲し立てるような罵倒。相当イラついてるな。ポニーテールの悪魔はめげずに、座ったまま重そうな小袋を取り出した。

「持って来たんだよ! 百万!」

 テトラが扉を閉めようとした瞬間、それに待ったをかけたのはこの前のつまらない冗談。ぼったくり授業料の百万だ。彼女は勝気な顔で、テトラにその袋を投げつけた。

「私の名前はコムギ、それで私を弟子にしてくれ!」

 その悪魔、コムギは立ち上がり胸に拳を当てた。ドン、と結構大きな音がする。

 半信半疑のまま、テトラは袋の中身を確認する。眉間のしわが四つも増える。いつも荷物はすぐ俺に手渡すが、その重そうな袋は俺に預けることはなかった。

「お金ないんじゃなかったの」

「借りた。親切な悪魔ってたまにいるんだよな」

 俺はそれを聞いて、嫌な予感がした。点と点が繋がって欲しくないのに、頭の中ではひらめきになって連なる。信用のなさそうな相手にポンと百万出すなんて、ロクな業者じゃないはずだ。

「あんたそれ、利息とか聞いた訳?」

 利息、と聞いて目の前の悪魔、コムギはきょとんとしながら首をかしげる。

 テトラは深い溜息を吐く。説明するのも億劫って様子だ。

「いつまでに、借りた分と、その何割かを上乗せした金を返せって言われたでしょ」

「なんだそれ。わかんないけど一カ月で倍にして返せば良いって」

「は? 約三十日でいきなり二百万以上の利益出す気?」

「姉御の弁当の味をマスターできれば余裕だろ?」

「さようなら」

 テトラは問答無用で扉を閉めようとするので、俺がつい止めてしまった。これではこの子が可哀想だ。あとちゃっかり百万パクったまま閉めようとするなよ。

 俺はテトラに小声で耳打ちする。

「このコムギって悪魔、絶対ヤバいですよ。一カ月で金利十割って……」

「関係ないでしょ、冗談を真に受ける方が悪いわ」

「後先考えず百万借りてくる阿呆ですよ? このまま追い返した所で絶対あきらめないと思いませんか?」

 俺はコムギに聞こえないよう耳元で話す。テトラは腕を組んだまま顰め面をしていた。

「アレに付きまとわれた結果、借金取りとのいざこざに巻き込まれる可能性は高いです。裏家業とかその辺、ウチは今繊細な問題でしょ」

 借金返せないやつがテトラ弁当に出入りしているせいで、難癖付けてウチが絡まれる展開は想像できなくもない。

「あー、もう、何なのよ」

 テトラは頭をポリポリと掻き、大金の入っているであろう袋を投げつけた。尻尾のうねうねも最高潮になっている。コムギは「おっと」とそれを落としそうになり、ギリギリで受け止めた。

 不思議そうにテトラと袋を交互に見る。

「今すぐそれ返してきなさい。料理を教える教えないは、それからよ」

「へ?」

 いまいち状況が分かっていないコムギに「いいから返してこい」とテトラは念を押す。その気迫が思いのほかマジだったので、コムギは頭にはてなを浮かべたまま急いで返しに向かった。

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