第3話 全然笑えない。
配達を終え、俺、テトラ、クルミの三人は無事に帰宅した。配達先が悪魔病院の一か所とはいえ、移動だけで二時間かかるのは割としんどい。
「帰りましたー」
俺は裏から店内に入り、ザラメの待つ店頭へ顔を出す。カウンターにはザラメの他に、別の悪魔が一人佇んでいた。俺のすぐ横を歩いていたテトラが先に口を開いた。
「誰よあんた。客じゃないわね」
「これはこれは、テトラ弁当の店主様ですか?」
朝のうるさいやつとはまた違う、今度は全身真っ白の正装をした初老の悪魔が来店していた。シルクハットをかぶっていて英国紳士を思わせる。帽子だけはスカイブルーの色をしていて、空でも眺めている格好だった。
テトラは不躾にその悪魔を睨んだ。理由は何となくわかる、相手の悪魔は理由もなくニコニコとしていて「無害ですよ」アピールが逆に胡散臭い。
「私、こう言う者です」
物腰の柔らかい口調で手の平サイズの用紙、名刺っぽい物を渡してきた。テトラはそれを片手で受け取りつまらなそうに眺めた。持っているのも面倒だと、紙を俺へ寄越す。
無理やり渡されたその髪を見ると、真ん中に「ダスメサ」と書かれていて、その前に自己紹介のような物が書いてあった。やはりこれは名刺の類だ。一番大きく書かれているダスメサはきっと彼の名前だろう。
「金貸しね」
と、テトラは鳴りを静めるように吐き捨てた。
シルクハットの悪魔、ダスメサは小さく頷く。
「えぇ。利息はお客様の信用次第でご相談承ります。どうでしょう、何かお困りの事は?」
「売れ残っている弁当を買ってくれれば助かるわ」
テトラは肩を竦め弁当の方へ顎をしゃくる。雰囲気は静かだが、俺は時限爆弾を抱えている気がして唾を飲み込む。双方黙ったままだったが、沈黙の帳を破ったのは向こうだった。
「一つ頂きましょう」
ザラメが緊張しながら対応し、ダスメサh袋に詰められた弁当をニコニコとした仮面のまま眺める。
「用が済んだなら帰ってくれる?」
「では、失礼致します。何かありましたら、どうぞよしなに」
金貸しの悪魔ダスメサは帽子を少しだけ上げ、それを別れの挨拶とする。出て行く後ろ姿はただの寂しげな老人にも見えた。
ダスメサが店を去って数秒、ようやく空気に酸素が灯った気がした。
「そ、そう言えば今の悪魔とは違ったけど、お金を貸す悪魔がウチにも来たよ」
ザラメは首をかしげながら言う。
「ウチはお店だからわかりますけど、個人宅にも?」
「家が広いけど、借金を安くしますよ、とかなんとか……」
確か、ザラメの家は結構でかいって聞いたことあるな。一人で住んでるらしいけど、もしかしてザラメはボンボンなのだろうか。
「あぁ言うのは理由をつけて貸してこようとするもんよ」
テトラはうんざりしながら、店内の飲食スペースにある椅子に腰掛けた。
そういえばテトラはよく金を借りているイメージだ。ちゃんと返しているんだろうか、他人事ではないので不安になる。
「最近よく聞くね……お金貸しの業者さん」
俺は外に出られないからわからないけど、確かに今まで営業をかけてくることなんてなかった。
「裏家業の仕事だからね。とくに金貸しとか用心棒なんかは、組織同士のシマがきちんと決まってるのよ」
そこまで聞いて、面倒くさそうにしているテトラの意味が分かった。
「この辺のシマは、ノーウォークでしたもんね」
へイゼルから聞いた話だが、最近ノーウォークは解散した。たった二人にやられた汚名が仕事を失う決定的要因だったらしい。
「界隈ではウチがノーウォークを潰した事になっているらしいわ。勘弁してほしいわね」
「それ、事実ですよね」
「ステビアだっていたもの」
テトラは子供が屁理屈を言うように口を尖らせた。いやいや、お前がほぼ虐殺したってステビアが褒めちぎってたのを、俺は知っている。
「ヘイゼルのでかい病院もあるし、裏ではこの辺の土地を誰が取るかで争ってんでしょ。色々な金貸しが熱心に営業するのも、組織同士の牽制を兼ねてんのよ」
物騒な話だ。とばっちりがなければいいけど……。
俺がダスメサの名刺を眺めていると、テトラは尻尾をグネグネとさせた。
「今の金貸しは覚えておいた方がいいわ。ウチにあの類が来たのは、初めてなんだから」
「なんでですか?」
「ノーウォークを潰したって噂のウチに挨拶に出向くって事は、強力な組織って事よ」
強力な組織、ね……。とばっちりを防ぐどころか、もしかしてもう巻き込まれてたりしてな。はは。
全然笑えない。
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