第2話「覚えてろよ!」

 俺とザラメの視線は入店した悪魔に移る。ザラメは腰を曲げたままの悪魔に話しかけた。

「あ、あの、いらっしゃいませ?」

 テンパっているのはわかるが、全く会話が成立していなかった。俺が対応した方がマシかもしれない。客は腰を折った時同じくらいの勢いで頭を戻す。バシ、とポニーテールが背中に当たった。

 彼女は細い腰に両手を添え、背筋と共に尻尾をピンと伸ばす。 

「お前がここの弁当を作ってるやつか?」

 お辞儀をやめて間髪入れず、真っ直ぐな目でザラメに質問した。

「えっと、私じゃなくて……」

「ユキヒラー、何してんの。行くわよ」

 店の奥から怠さの中に清閑を小さじ一杯入れた声がする。下僕である俺の主人であり、このテトラ弁当の店主でもある悪魔が姿を現した。

 歩くだけでライラック色の髪はふわりと舞う。胸元と肩の空いた黒いワンピース、羽織る薄ピンクの上着は軽くて両腕に添えられるように身についている。

 短いスカートから伸びる足は刺繍の入った赤いハイソックスを履いていた。配達用のいつもの格好だ。

 テトラは客を一瞥し、怪訝な様子で眺める。

「お……お……」

 客の悪魔はテトラを見て小刻みに震えていた。なんだ、どうした?

「お前だな、オーナーは!」

 そう叫び、一瞬でテトラに詰め寄った。テトラの両手を掴み、憧れのヒーローと握手する子供のように目を輝かせる。

「姉御って呼ばせてくれ!」

「何よ、こいつ」

 テトラは相手の顔を押しのけ、当人ではなく俺へ質問する。それは俺が聞きたい。

「ここの弁当はマジで旨いんだ、正直感動した。お前の料理を教えてくれよ。ウチの店がヤバイんだ。恥を忍んで頼む! 何でもするから!」

 客の悪魔はテトラに抱き着かん勢いだった。そして誰が作っているのか勘違いしているようだ。

「頼むよ姉御!」

「誰が姉……ん? あんた、どっかで会った事……」

 いつもの調子なら殴るか適当に往なして、はい終わりって感じだが、テトラは片方の眉を上げ、クイズでも解くような顔をする。

「いや……気のせいね。じゃあ、授業料を払えるなら考えて良いわよ」

「えっ」

 えっ、は俺とその悪魔から出た声だった。

 だってもし本当に教える事になったら、どうせ俺なんだろ、教えるの……。

「ちなみに、いくらだ」

 ボクサーが相手の間合いを伺うように相手の悪魔は聞く。テトラは手を開き、死刑でも宣告するような顔をする。

「百万」

「ひゃっ……」

 相手は金額を聞いて、尻尾と体が完全に固まってしまった。

「ぶ、分割なら」

 そして目を泳がしまくりなら言う。嘘を吐けないタイプだな、こいつ。

「何回払いよ」

「百回くらい」

「行くわよユキヒラ」

「そこを何とか!」

 すがりついてくる客の悪魔を引っぺがし、テトラは店の奥に消えて行った。そうだ、そろそろ行かないと配達に遅れてしまう。

 ザラメが苦笑しながら俺に手を振った。一悶着あったけど気を付けてね、とでも言いたげに。

 崩れ落ちている悪魔はよしっ、と何かを決意したようにつぶやき、勢い良く立ち上がった。

「百万だな! 借金してでも払ってやる、覚えてろよ!」

 そう捨て台詞を残し、走り去っていった。

 何だったんだ今のは。

 既に奥へ消えたテトラが裏口から俺を呼んでいる。そろそろ行かないと本気で怒られかねない声色だ。俺はザラメに手を振り返し、テトラの後を追った。

 全く、朝から勘弁してくれ。

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