第43話 救出困難って、なんで? テトラが?
「ユキヒラは数日振りだね。今日は葛藤する君を眺めに来たよ」
突然現れたガルダは俺に二回ウィンクをした。
「……ユキヒラさん?」
ヘイゼルが俺に首をかしげる。この空気の読めない輩は何なんだ、と言う顔だ。こいつはただの部外者だ。当然の反応である。
「弁当箱を作ってくれた、例の悪魔です。一応」
「一応とは手厳しいなぁ」
カルダは額に手を当てショックを受けたリアクションを大袈裟に取る。
ヘイゼルは微妙に距離を取り、軽く挨拶をした。弁当箱を作ってくれたのは事実なので邪険にする訳にもいかないのだろう。
「邪魔が入りましたが、続けます。二十九、三十……」
そうだ、まだカウントの途中だった。カルダの登場で緊張を忘れていたが、次に緊張を思い出した時にはカウントが止まっていた。
「これで、全部です」
料理長がにやりと笑った。
「それじゃ、軍配は決まったね。ウチを相手に良い勝負するとは、正直大したもんだよ。期待以上だったねぇ」
ヘイゼルが最後に読み上げた数字は三十八。つまり、ギリギリでテトラ弁当は負けてしまった。
よって職員食堂は理事長側のままであり、ヘイゼルは理事長になれず、いずれ弁当屋は撤退。
最悪だ、どうなってしまうんだ。借金地獄で俺の命や如何に……。
「おとりこみの所悪いんだけど、後ろの余っているお弁当を売って貰えるかな?」
ガルダは大量に余っている、俺の弁当を指差す。なんという空気の読めなさだ。とても今発言する事じゃない。
でもとりあえず持ち帰った所でさすがのクルミも半分も食べれない量だ。少しでも廃棄を減らせるのに越したことはない。多少だけど売り上げにもなる。
……売り上げになる?
「これって、票になりませんか?」
難しい顔をしていたヘイゼルも同じことを考えていたらしい、敵情視察をするスパイみたいに料理長を睨んでいた。これを票とするかどうかは勝者に決定権がある、と思ったからだろう。
販売時間は予め決めていた、その時刻を過ぎて売ったものを有効として良いか、敗者が決めるのは筋道が通らない。
「遅刻はダメだね。言った事は守りな」
やっぱり、ダメか。勝っているのに、おいそれと覆したりはしない。俺とヘイゼルが共に落胆すると、カルダはテーブルにお金を置き俺の弁当を勝手に取り出す。
「楽しみにしてたのさ、料理で君がどういう表現をするのか。いやはや、予約した甲斐があったよ」
「予約、なんてしましたっけ……?」
カルダのことだ、適当なことを言っているのかもしれない。
「覚えてない? 別れ際に言ったじゃないか、お弁当を食べに行くよって」
そういえば、そんな事を言っていたような、ないような……。だけどこれが本当なら票はどうなる? 十一時から十三時でもない、かといって時間がオーバーしたわけではない。
「この場合はどう判断しますか?」
俺が料理長に聞きたいことをヘイゼルが聞く。
「それだったらウチだって予約をだね、と言うのは、無粋だね」
料理長は自分の投票数と、俺の投票数を見比べる。投票数は味の良さ、この投票数はつまり、味に直結している。数は圧倒的に俺の方が多い。
「これを食って、どっちが旨いか言いな。贔屓なしでだよ」
料理長はカルダへ、良いか、ではなく旨いか、と聞いた。
「君も一応料理の道の表現者だ。当然、敬意をはらって頂くよ」
カルダは職員食堂の弁当と俺の弁当箱の蓋を取る。こっちの弁当からはまだ湯気が見えるくらい温まっていた。
「これはこれは」
首を横に振って感動して見せる。カルダはどこからが本当で嘘なのかわからない。
カルダはゆっくりと両方を交互に食べた。三口ずつ味わった後にフォークを静かに置く。
「成程、両方が相当美味で、甲乙付け難い」
カルダの顔はいつになく真剣だった。この場に居る全員が彼の様子を伺う。
「だけど、ユキヒラの方が遥かに興味深い味だ。一切の贔屓なしでね」
それはつまり、料理長が認めればウチがもう一票獲得する事を意味していた。カルダのどや顔から今度は料理長に視線が集まる。
「なら、引き分けだねぇ。敵ながらあっぱれだよ」
それはつまりカルダの買った弁当を数として認めてくれたと言う事。一つ売れた弁当の数と投票数で二票がウチへ。これで同点となった。
リアンは互いの投票用紙の数を見て「いや~引き分けって。完敗でしょこれは」と小さく独り言ちていた。
「で、同点の場合はどうするんだい」
ヘイゼルはパッと明るい顔を見せた後、片方だけ口角を上げる。頭をポリポリと掻き「てへ」と少し舌を覗かせながら笑う。
「考えてなかったみたいだね。まぁ、提案してこなかった時点で怪しいとは思っていたけど」
俺も勝ち負けばかり気にして気付かなかった。職員食堂がどちらかに着くと言うのは間を取るのが難しい条件だ。いや、どちらかに決めなければならないのか?
「あの、どちらにもつかないって言うのはダメなんですか?」
部外者だから仕組みが良く分かっていない。だけどそうすれば結果的には理事長派だった職員食堂数が減り、両陣営が同じ数だったのならヘイゼルの投票数が上回る事になる。
「料理長がいいなら、大丈夫です。選挙に参加しないと罰則があるんですけど、今回に限って見逃す方法を、理事会に提案してみます」
おぉ、言って見る物だな。
「構わないよ。そもそも俺は、付き合いで理事長派を謳っていただけさ。でも今回であいつには幻滅したね。多分、勝負に関係なく選挙は降りてたね」
「えっ、それじゃあ勝負した意味……」
「いえいえ、勝負したからこその綻びですよっ。ありがとうございます。ユキヒラさんに頼んで本当に良かったっ」
ヘイゼルは両手で俺の手を掴み、誕生日に欲しい物を貰った子供のようにはしゃいだ。
「良かったねぇ、ユキヒラ。僕は好きだよ、ハッピーエンド」
カルダは豚の角煮をむしゃむしゃしながら器用に喋る。その声はどこから出ているんだ。汁で口を潤し、森林で深呼吸をするような仕草をした。
「そして、僕にまた一つ借りが増えたね」
「……そうですね」
カルダは覚りきった占い師みたいな顔をしている。やっぱり好きじゃない。
でも借りを作ったのは事実、出来ればこの負債は墓場まで持って行きたい。
職員食堂の二人が片づけ始めたのと同時にヘイゼルがポケットを叩いていた。何かを探している様だ。
「ユキヒラさん、車を開けて貰えますか? ステビアに連絡しようと思ったんですけど、通信機、車の中に置いてきちゃったみたいで」
そうだ、テトラ。
色々重なって忘れていた。まぁステビアもいるし、病院の応援も行っているみたいだし、そもそもあいつがやられるなんてことは想像できない。
「はい。これ鍵です」
ヘイゼルはすぐに通信機を見つけたらしく、こっちに走って来た。わざわざ急いで返さなくても……と思ったが、どうやら違うらしい。焦っている様子だったので俺は手を止める。
「ユキヒラさん、落ち着いて聞いてください」
鍵を俺に投げ返し、珍しくヘイゼルが息を荒げる。こんなに慌てた彼女は始めて見た。
俺は肋骨の奥が騒めくのを感じる。嫌な予感がした。
「勝負を始める前に応援を送った者からの情報です。詳細は不明ですが、テトラさんが毒霧の中に取り残されて、救出困難だそうです」
「え?」
救出困難って、なんで? テトラが?
「ごめんなさい、私も何かあれば連絡があると思って油断……って、ユキヒラさん!」
ヘイゼルの言葉の途中だったけど、勝手に体が動いていた。急いで車に乗ってエンジンをかける。同時に、隣へ誰かが乗り込んで来た。
「丁度良いね、食後にどこかへ出かけたい気分だったんだ」
勝手に乗ったカルダは俺にウィンクをする。今こいつに構っている暇はない。降りろと言って素直に聞くやつでもないだろう。
俺は無視して乱暴に車を発進させる。俺もカルダもシートに体を打ち付けて走り出した。
鏡で後ろを確認すると、取り残されたヘイゼルが何かを叫んでいた。恐らく俺の名前だろうけど、この非礼は後で謝ればいい。
俺は来た時よりもさらに速いスピードで道を駆け抜けた。
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