第42話 余計なものが視界に映り込んだ。
二時間はあっという間だった。特に十二時辺りからの三十分間は鬼のように混んだ。弁当を買っていった悪魔の口コミにより、今回の開催を知らなかった悪魔も物珍しさにやって来たのだと思う。
慣れない事をして疲れたのは全員同じらしく、皆して試合が終わったボクサーのように椅子にもたれ掛かっていた。
弁当の売った数は一目瞭然だった。職員食堂は完売、二百個すべて売り切っていた。大してこっちが売った数は、途中から数えるのが嫌になる程少ない。
「三十七個か……」
どうすんだこの大量に余った弁当……じゃなかった、そんなこと今はどうでもいい。弁当は職員食堂と合わせて二百三十七個売れたので、えーと、勝つためには何票取れればいいんだ?
「ヘイゼルさん、投票箱の中身はどれくらい取れればいいんですか?」
思考停止した俺は他力本願になる。項垂れていたヘイゼルは飲み物を飲んで、コホンと咳ばらいをした。
「えぇと、現時点の差が百六十三個なので最低でもその数。残りの票の七十四のうち過半数に割り込むなら三十八票、合計で二百一票ですね」
「なるほど。つまり?」
よく理解できなかったので更に要約を求める。完全に頭が疲れている。
「つまり勝つために得なければならない投票数は、全体の八割五分くらいです」
「そんなに……」
勝率としてはかなりシビアだ。忙殺されて忘れていたが現実を突きつけられてハッとする。疲労に追い打ちをかける様な事実だった。
「では、そろそろ開票しましょう。いいですか?」
いつの間にか復活しているヘイゼルが職員食堂の二人に声をかけた。さすがにタフだな。料理長は重りを持ち上げるように立ち上がる。
「そうしようかね。こっちは夕食の準備もある」
「え~、もうちょっと休憩しよーよ。どうせこの後、夜までぶっ通しなんだし」
リアンは椅子にくっつきながら駄々をこねた。
「軟弱だねぇ。そこの副理事みたいに倒れるまで働く気概はないのかい」
「無理無理~」
そうは言いつつリアンも「よっこいしょー」と呟いて腰を上げ、肩をぐりぐりと回す。見た目はギャルだけど行動が疲れたおっさんだ。
ヘイゼルが重そうな投票箱をひょいと持ち上げ、俺達と職員食堂の真ん中へ下した。不正がないよう皆の前で開けるらしい。当たり前か。
上の蓋を開けると中に入っている紙が姿を現す。並べて入れてあるわけじゃないので山なりになって積まれていた。
ヘイゼルは一枚ずつ取り出し俺や職員食堂の二人にはっきり見せた後、票が入った方の机へ置いていく。どうやら一旦すべて振り分けてから数えるらしい。読み上げつつ、数えつつだと間違えてしまうからだろう。
ヘイゼルが開票を始めて約十五分は経った。投票箱の紙は残り少なく、結末が見えてきている。とりあえず紙は圧倒的にウチの方が多い。味はこっちが勝っていたようだ。問題は二百一票も大量にあるかどうか。そこに満たなければどれだけ多くても意味がない。
「……これで終わりです」
すべて裁き終え、ヘイゼルは静かに投票箱を閉める。
「それでは続いて、数えていきたいと思います。テトラ弁当は二百一票、職員食堂は三十八票あれば勝利です。数が少ないので職員食堂の票を数えますね」
淡々と進めているが、さすがのヘイゼルも緊張の色が出始めた。それもそうだ、自分の運命が掛かっているんだから。今更だがかなり責任重大な事に巻き込まれてしまったんだな。
ヘイゼルが丁寧に一枚ずつ取り数を数えていく。俺はその様子を直視するのが怖くなり、目を瞑ってどうか三十八に届きませんようにとただ祈る事にした。
「……十、十一、十二……」
カウントは増え続ける.
読み上げるスピードは丁度一秒に一枚くらいで、判決までの時間が秒針の針と同じ感覚で流れていく。
二十を超えたあたりで少し時の流れが遅くなった。実際に時空が歪んでいる訳ではなく、これ以上進んでほしくない、と言う思いがヘイゼルにもあるのだろう。心理的な作用が時の流れに影響を及ぼしたのかもしれない。
「二十七……二十八……」
四捨五入して三十を越えた所で更に遅くなった。もう後がない、そろそろ数えなくても結果が分かるくらいの枚数だろう。俺は我慢できなくなり目を開ける。
そこには余計なものが視界に映り込んだ。
「――やぁリアン、久しぶりだね」
「あれっ、アニキじゃん」
この場にいなかった悪魔が、ヘイゼルのすぐ後ろに佇んでいた。いきなりすぎてさすがのヘイゼルも目を丸くしている。
その悪魔は俺が二度と会いたくないと思っていたリアンの兄、カルダだった。
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