第41話「下僕さんよ、名前は何だったかねぇ」

 弁当を販売している場所は休憩スペースの一角と言う事もあって、人目に付く。入口から病棟へ分かれる道の手前、恐らく一番人通りが多い場所にある。

 昼時、それもこれから何にしようかと考えるタイミングだ、嫌でも目に付く俺達の前に客は途切れなかった。

 とは言え長蛇の列ができる程ではないし、暇でもない微妙な客数。開始五分にして職員食堂の弁当は六つ。こっちは二つ売れた。

 買って貰えそうな悪魔は何人かいたが、やっぱり容器を戻さなければいけないのがネック。テイクアウトを目的とする悪魔にはまず買ってもらえない。

 俺は客の相手をしながら職員食堂のお弁当を視察する。

 この前の弁当を見てそう来るかと思ったけど、やはり物量で勝負して来た。メインがどんと置いてあるのではなく、一口、二口で食べ終わる物がたくさん並んでいる。

「なに~? ジロジロ見て、えっち」

「いやいや……からかわないでくださいよ」

 がっつり観察するのも気が引けたのでチラチラ見ていたが、リアンが体の中心を捻らせて右肩を前に出す。

「はい、試食用のあげる」

 俺の意図は伝わっていたらしく、リアンが職員食堂の弁当を差し出してくれた。

「どうも。こっちの試食用も食べて下さい」

 リアンから弁当を受け取り、お返しにこちらのも渡す。こっちの弁当箱を持った瞬間「うわ、おもー」と笑いながら驚いていた。

 俺は試食する前に、相手の弁当の中身を確認する。

 メインはオムライスだ。ソースは多分デミグラス系。付け合わせにブロッコリーとトマトが一つずつ。少し雑だけど見た感じ玉子も既製品ではなくちゃんと作って巻いてある。

 メインだけで手間のかかる事を……やるな。

 副菜、他のおかずは唐揚げが二つ、タルタルソースが掛かっている。あと青菜ともやしのナムル。ポテトサラダに少量の葡萄と漬物。色味も良い。

 これで三百九十は安すぎる。大してこっちはほぼ一品、しかも五百を超える高さ。正反対の弁当だから売り様ではどっちにも転ぶ。

 とりあえず味も見ておこう。

「私も頂いていいですか?」

 客が途絶えた所でヘイゼルが弁当を覗き込んでくる。「おぉ」と感心してからコホンと咳払いした。そこは素直に称賛してもいいんじゃないか?

 俺とヘイゼルの間に職員食堂の弁当を置き、それぞれ好きにつまむ。

「旨い」

 俺はメインのオムライスを食べ、感想がポロっと零れた。

 普通炒める系の御飯の場合、大量調理混ぜるのが大変で団子になってしまう。

 しかしこれはしっかり炒められている食感だ。今回はバターライスだけど、炒飯で勝負しても普通に美味しいだろう。どうやってやったのか分からないけど、何かの魔法か、悪魔特有の筋力か、とりあえず人間技ではない。

 ソースも美味しい。ルーではなく、一からちゃんと煮込んである。もはや一般的な食堂のレベルじゃない。

 副菜も作ってすぐだから、味の劣化がほとんどない。正直予想以上の出来だ。純粋な味だけの勝負でもちょっと危うい。

「ちっ、美味しい……」

 ヘイゼルは舌打ちして悔しそうにしながら試食二週目に入った。だからそこは素直に褒めればいいのに。

「下僕さんよ、名前は何だったかねぇ」

 売り子に専念しているリアンを越えて、料理長の声が飛んで来る。少し鋭い声だったので緊張してしまう。

「ユキヒラです。あの、お弁当とても美味しいです。俺には再現できない味ですよ」

「そりゃ皮肉かい。その台詞、そっくりそのまま返すよ」

 ふと料理長の手元を見てみると、こちらの弁当が開けられていた。台詞からして食べてくれたらしい。

「人も悪魔も関係ない。こりゃ長年の経験とか、天性のセンスが物を言う味だ。特に煮物はね」

 センスがないとは言わないけど、首を縦に降り難い。とりあえず下手に謙遜して皮肉っぽくなるより、相手の意見を受け止めておいた。

 リアンがぎょっとした顔で料理長を見ている。

「ボスが誰かを褒めるの初めて見た。ちょっとキモ~」

「はっきり言って、お前よりユキヒラの方が料理上手いね」

「それ普通に凹むんだけど! 私も一口貰お」

 リアンは料理長の手前にあった弁当から、素手で口に持って行った。

「うわ旨。私のアニキの弁当箱を差し置いても、中々凄いよこれ」

 褒められるのは嬉しいが、どんな顔をしていいかわからなくなる。とりあえず頭だけで会釈をしておいた。

「ユキヒラさんユキヒラさん、そろそろ私も食べていいですか?」

「そう言えばまだでしたね」

 なんやかんやで俺の弁当の試食が遅れていた。跳ねそうなくらいに背伸びをしながら、料理長が持つウチの弁当を見ようとしている。

 お客さんの相手をしつつ、試食用の弁当箱をもう一つ取り出しヘイゼルの前へ置いた。

「どうぞ、開けて下さい」

 ヘイゼルはまずご飯と汁物を開ける。ご飯も味噌汁もよそいたての様に湯気が立ち上った。次にメインの一番大きい箱に手をかける。

「わっ、凄く良い香り」

 ご飯と同様、出来立てのように白い湯気が出てきた。八角が香るその中には角切りされた豚肉、いちょう切りされた大根と人参、茹で卵が一緒に甘辛く煮られている。

 俺の得意料理の一つ、豚の角煮だ。豚の油が固まったり大根の臭みが箱に収まる等の難関があるから、弁当のメニューではまぁまぁ珍しいと思う。

 勿論下処理で余計な油を抜いたり臭みを取ったりしているが、冷めると美味しさは半減どころじゃない、普通に不味い。

 保温容器のおかげでそれはクリア。家で作って出て来たものそのままの味。色味でホウレン草やネギ等を添えたかったが、保温され続けると色が変わってしまうので断念した。副菜で彩れるから問題はない。

 ヘイゼルがフォ―クで肉を刺すが、崩れてしまって上手く救えない。それくらい柔らかく煮込んである。小さくなった豚肉をスプーンの上に乗せ口に運ぶ。角煮をシルバーで食べているのを見ると何だか新鮮だ。

「ふわふわでトロトロです! お店の味!」

「一応、ウチお店ですけどね……」

「煮卵も美味しい~」

 ヘイゼルが幸せそうに食べる光景は一般客の目を引いた。試食では肉一欠けらしか食べられないので、煮卵はそそるものがあるのだろう。

 一人、また一人と職員食堂からウチの弁当へ乗り換える悪魔が出てくる。

 ただし大きな結果には繋がらない。たった数人で勢いは落ちてしまう。良い宣伝効果と思ったけど、やっぱり値段と弁当箱返却が大きなネックだ。

 現在職員食堂は十数個、大してこっちはまだたった六個の売り上げ。開始十分にして大きな差が出てしまっている。

 ここに立っている事しかできないけど、最後まで気が抜けないな。

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