第38話「ここからは私の得意分野って事よ」
ヘイゼルに連絡した結果、さすがに急すぎて貸し出せる大きい車がなかった。結局車と弁当箱をクルミに直してもらい、盛り付け用の人員を一人送ってもらった。
どちらにしろ弁当箱を直してからどれくらい眠るかわからなかったので、これで良かったと思う。
送られて来た悪魔は物凄く要領が良く、一を教えると十を悟ってくれるタイプで既にザラメよりも仕事が早かった。
加えて美人でスタイルがいい、物腰や言葉使いを聞くと育ちの良さが伺える。更にはノーウォークに襲撃されても問題ないくらいに強い。送られて来た部下は彼女の腹心であるステビアだった。
「そう言えばあんた、豚料理って食べれるの?」
テトラは盛り付けをしながら、さっそくステビアを煽っていた。
「私は豚ではなく猪の悪魔です。貧困な頭では違いが理解できませんか?」
「朝一で言ってくれるじゃない。あんたも食材に加えてやろうかしら」
ステビアは仕事ができる雰囲気を出してはいたけど、ここまで戦力になるとは思わなかった。周りを見て教えていない事まで把握、予想し、先にやり易い様に準備などやってくれたりする。
ご飯、主菜、冷菜、汁物、それを二百となると結構な手間なのだがもうすぐ盛り終わる。異常なスピードだった。本来ならすぐ出発しなければいけない予定だったが、軽食を取るくらいの余裕がある。
クルミは今、魔法の行使の影響でぐっすり眠っていた。凄く頑張ってくれたから帰ったらまた好きな物を作ってあげよう。まぁ、勝負に勝てたらだけど。
弁当を積み終わり、準備はすべて整った。俺とテトラはいつも通りクルミが直してくれた車へ、ステビアは来るときに乗って来たバイクのような乗り物へ乗る。クルミがまだ寝ているので、ザラメは店番も兼ねて残る事になった。
「き、気を付けてね」
ザラメはステビアがいるからかいつもより消極的に手を振る。人見知りなのかもしれないな。いや、悪魔見知り?
俺はザラメに手を振って出発する。車の調子は良好、むしろ良くなっているような気さえした。
「さて、ワクワクして来たわね」
テトラは指の骨をぽきぽきと鳴らす。
「俺はビクビクしてきましたよ」
ステビアと煽りあっていたのに、今は上機嫌だ。妙にテンションが高く、こっちが落ち着かない。メトロノームのように刻む長い尻尾が視界の隅に映って気が散る。
今日で、全てが決まる。裁判に向かう無実の被告はきっとこんな気分なのかもしれない。
俺は弁当勝負が決まってから、前よりかなりテトラと打ち解けた気がしている。負けたら俺が体で支払う件は、今どう考えているのだろうか。
「あの、俺って負けたら本当に売り飛ばされちゃうんですか?」
「は? あぁ、そう言えば、うん、そうね。まぁそうならないよう、頑張りなさい」
「頑張りなさいって……今更ですね」
この世の理不尽をいくつも詰め込んで煮返した台詞に、もはや溜息すら出ない。そう、下僕の労働は理不尽だった。
着くまでに時間があるからここ数日の出来事を白黒はっきりさせたいのだが、そんな雰囲気でもなかった。
先導するステビアがスピードを上げたので俺も速度を随順ずる。
「今更じゃないわよ。今から頑張るの」
先ほどの俺のセリフに対し、テトラは少し遅れて反応した。
「張り切って売り子をやれって事ですか?」
「違うわよ」
他になにがあるんだ、言っている意味がわからない。そう思った矢先、ステビアが減速する。会話に気を取られていたせいで判断が遅れたが、ぶつける程車間距離は近くなかった。
減速は続いてついに停車してしまう。
「どうしたんですかね」
テトラは右の拳を、左の掌に叩きつけた。
「やっぱり来たわね。今からあんたが頑張るのは、運転よ。私とヘイゼルの豚が道を開けて足止めするから、病院まで逃げ切りなさい」
「え?」
「ここからは私の得意分野って事よ」
それを告げるとテトラは車を降りてしまった。訳が分からないので俺は窓から身を乗り出して前方を確認する。
「……なるほど」
ステビアの前にはざっと数えて十数名の悪魔が道を塞いでいた。遠くから見ても敵意が伝わってくる。
間違いなくノーウォークだろう。恐らく、弁当箱が直った事もバレている。街の外に出たら袋の鼠って訳か。
テトラはこれを予想していた。ついさっきワクワクすると言っていた意味を理解する。
ステビアもバイクを降りてテトラの横に並ぶ。向こうの悪魔とテトラが何か話しているが、会話の内容は聞こえない。
すぐにステビアが悪魔型――でかく、獰猛な猪に似た姿になる。呼応するように向こうの悪魔達も揃って悪魔型へ変身した。テトラだけは人型のままだ。
俺が動揺している間もなく、二対十数名の乱戦が勃発した。
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