第37話「強い奴を寄越せって頼むのよ」

 俺が大声で呼びかける前に、助手席からテトラが飛び下りて来た。殺気に気づいたのだろう。ザラメとクルミを下すことを優先する。

「あんたは下がってて」

 テトラの荒げはしないが鋭い声で俺は制される。手伝おうとしたが、安全なところまで下がった。

 車はすぐそこだった。

 テトラは寝ぼけている二人を抱え、俺の方へ飛びのく。俺も身を屈めた。

 ――思わず目を瞑ってしまう轟音が劈く。

 金属が喧嘩しあう音、暴力的な鈍い音、動物の悲鳴の様な高音、地鳴りめいた爆発音。

 車同士は衝突し、俺たちの車は後ろが潰されて元の三分の二くらいに縮まっていた。体当たりしてきた車も無傷ではなかったが頑丈なようで、すぐに走り去ってしまった。

 テトラが一瞬追おうとしたが、あまりにも早かったため、すぐ諦めた。

「な、な、な、な……!?」

 状況を飲み込めていないザラメが地に伏したままパニックになる。クルミは辺りをきょろきょろと見渡していた。こちらも状況が分かっていない。

 テトラが悔しそうに地面を蹴った。

「ちっ、やられたわ」

「すいません、俺がトイレ行かなければ……」

 追いつかれずに街へ帰れたかもしれない。

「いや、恐らく相手は一台じゃないし、逆に走行中に体当たりされてたら防ぎようがなかったわ。あんたのせいじゃない」

 テトラは親の仇を見るように険絶な顔をする。フォローとかではなく、単純にそう分析したみたいだ。自分が甘かったとばかりに車を睨みつける。

「と、とにかく、皆が無事でよかったです……」

 猛スピードでトラックに近い質量がぶつかってきたら、さすがに悪魔とはいえ怪我をするだろう。俺に至っては多分、死んでいた。

「私らが無事でもね」

 テトラは尻尾をうねらせながら落胆する。それが何を意味するのかはすぐに分かった。

 俺は車へ急ぐ。ベコベコになった後ろのドアをなんとかこじ開けると、予想以上に酷い光景が広がっていた。

 車の残骸に混ざって、赤い破片がぐちゃぐちゃに散らばっている。カルダの作った保温容器はただのゴミに変わり、弁当箱の影形は全くない。

 相手がすぐに走り去ってしまったのは、俺達の体ではなくコレを狙って来たからか。出来るだけ事を荒立てずに戦意喪失させる、見事にやられてしまった。

「こ、これじゃぁ……」

 状況を把握したらしいザラメが俺と同じ、変わり果てた弁当を見る。これじゃあ、の続きは聞かなくても想像できた。

 突如、エンジンがかかる。もしかして爆発でもするのではと思ったが、テトラが動かしたらしい。瀕死だけどまだ動けるよとでも言いたげに、車は健気で不器用な心音を唸らせていた。

「幸いまだ動くわ。暗くなる前にとりあえず帰るわよ」

 テトラは俺に運転席に乗れと顎で指図する。

 まだ誰に襲われたか定かではないが、十中八九ノーウォークだろう。追撃がないとは限らないので、早々に帰るのが好ましい。

 ギリギリ一人乗れる後部座席にザラメが座り、前の席に無理やりクルミを乗せて走り出した。


 緊張は途切れることなく俺達は「テトラ弁当」まで戻って来た。特に何も感じていなかったこの建物が感慨深く感じる。店についてすぐ、車が斜めに傾く。外に出て確認してみると、右前輪のタイヤが脱輪していた。ここまでよく頑張ってくれた。

 町の中に入った事で少しの安堵が戻って来る。さすがに自警団が居る場所での騒ぎは起こしたくないだろう。

「さぁて、お手上げね」

 テトラは散乱した弁当箱の破片たちを改めて見た。何度見ても深い溜息が出てしまう。

 決戦は明日。今から仕込みをしないと間に合わない。とてもじゃないが保温容器云々言っている場合じゃない。

「一応考えておいた案はあるので……」

 いまいちの案になってしまうが、考えてあった冷たい麺やサンドイッチ等で行くしかない。勝てる見込みは相当薄いけど。

「それもそうだけど、そうじゃないわよ」

「え?」

「あんた、手で弁当運ぶ気?」

 俺達を運んできた車を見る。そうだ、弁当の内容だけではなく今度は運ぶ手段まで無くなってしまった。状況は確実に悪化している。

「ザラメさん、知人に二百個の弁当を輸送できる手段を持っている悪魔居ませんか……」

「う、うーん……居ないかな。ごめん」

「万策尽きたか」

「何で私に聞かないのよ」

 テトラは尻尾をうねらせながらムスっとする。だって友達いないでしょ。とは口に出して言えない。

「心当たりあるんですか?」

「ないわよ」

 ほら見ろ。何で話に入って来たんだよ。

「ヘイゼルさんとかに連絡して、何とか頼めませんかね」

「それも手ね。まぁ、来る途中でやつらの邪魔が入るでしょうけど」

 確かに、それは考えられる。

「って言うか、そしたら明日行く途中にまた襲われるんじゃ」

「どうかしら。勝てる見込みが薄い場合、わざわざ妨害しに来る可能性は低いと思うわ」

 まぁ、それもそうか。勝負をさせたくない訳ではなく、勝負に勝つ要素を潰したい訳だ。職員食堂が勝てば理事長側は其れでいいはず。

 俺は肘の辺りが引っ張られるのを感じる。見ると、クルミが首をかしげて覗き込んでいた。

「くるま、なおす?」

「えっ」

 もしかして直せるのか? 生き物だけじゃなく、無機物まで? 治す事も、直す事も可能なのか?

「出来るんですか? 車、って言うか、じゃあ、弁当箱も?」

 クルミは静かにうなずく。

「くるま、まえなおした」

「……もしかして」

 この前ヘイゼルが同じ車を短時間で手配してくれたのはそう言う事だったのかもしれない。

「でも、すごくつかれるから、ごはんいっぱいいる」

「ご飯ですね、作りますよ、いくらでも」

 クルミの食べる量を仕込みと並列して作るのは中々ハードだけど、それで車と弁当箱が治るのなら安い労働力だ。

「ちょっと待って」

 希望の光が差し込んで来た時、テトラが口を挟む。

「あんたそれ、どれくらい魔力使うのよ」

「わかんない」

 テトラは至って真剣。クルミに向かってこんな風に喋るのは初めてだ。

「修復する系の魔法は相当魔力を消費するでしょ。デカければデカい程ね。クルミ、前回車を直した時、どれくらい気を失った?」

 クルミは無言で首を横に振る。恐らくヘイゼルに言われてやっただけだろうから、覚えていなくても仕方がない。

 俺はあの時の事を思い出し、ざっと時間を計算してみる。

「前は、少なくてもクルミさんを連れていく直前は眠っていましたね。ヘイゼルさんと会議室で話している時に直したとして……半日くらいですかね?」

「加えて二百個の陶器を直したら、クルミが丸一日寝ているくらい覚悟しないとね」

「あぁ、つまり」

 早朝の盛り付け要員が足りなくなる。一人抜きで二百食盛るのは無理だ、間に合わない。かといって早目に作るのは味が落ちる原因になってしまう。

 テトラは心底嫌そうに肩をすくめ、これ以上貸しを減らしたくないけど、と前置きする。

「ヘイゼルに連絡よ。大きな代車が無かったら、盛り付け要員を送ってもらうわ」

「でもノーウォークが仕掛けてくるんじゃ」

「だからを寄越せって頼むのよ」

 テトラは含みのある笑いをする。俺もザラメも意図が理解できず、二人して見合う。

 ともあれ、事は急がねばならない。とりあえずは弁当箱を直してもらうために、俺は運転の疲れを忘れて厨房に向かった。

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