第35話 悪魔の魔法で作られた弁当箱
弁当箱と言っても普段提供する物とは違う。ご飯、主菜、汁だけは保温容器だけど後の副菜は別に盛る。計四つにもなるセパレートの容器を一つにまとめて販売する弁当箱。結局松花堂弁当に近い物になった。
回収する手間や洗浄業務が増える、壊れたらまた発注しなければならないなど面倒な事が増えるが質の良い物を提供するにはこの程度の手間は覚悟しなければならない。
用意された弁当箱は陶磁器の様な材質で薄いけど重い、色は真っ赤だった。注文通りの規格と個数がきっちり納品されている。
悪魔の魔法で作られた弁当箱。嘘偽りなしの魔法瓶。
「あんた、割と有能なのね」
出来立ての物を触りながらテトラが呟く。お気に召したようだ。ただし、相手が気に食わないので表情自体は不機嫌だ。俺は出来上がったものを眺めて確かな手ごたえを感じる。
「もうちょっと独創的にしたかったけどね。止めておいたよ」
「賢明ね」
当たり障りない程度の着色と言う要素。どうせ箱に詰めるし上には食べ物が乗るのでほとんど見えなくなるけど。赤で良かった、これが青だったら食欲に関わる。
「明日の朝に車を回して来るから、積むのを手伝って頂戴。納品までがあんたの仕事でしょ」
「悪魔使いが荒いね」
テトラの要求にカルダは首をやれやれと横に振る。
「さて、僕はもう寝るよ。これだけやると、さすがに疲れた」
カルダはうんと背伸びして、思い切り脱力。欠伸も加えるその姿は寝起きの大型犬を思わせる。そのまま店の奥に消える前に俺の方へ振り向いた。
「またお話ししよう。人間」
俺にウィンクをする。男にされても全く嬉しくないし、別の意図かもしれないと思うと背筋が凍る。カルダはふふ、と艶めかしく笑う。
「あぁ、そうだ。帰りは気を付けた方が良いよ」
カルダは飄々とした雰囲気に少し影を落とす。どうやら安全運転で帰れと言う意味ではないらしい。
「一応、理由を聞いておくわ」
「昨日ノーウォークって組織から、君たちに協力したらタダでは済まないってラブコールがあったんだ」
「ぅえっ!?」
ザラメが体を跳ねさせる。ボールが顔面目掛けて飛んで来るくらいの勢いだったので、傍にいたクルミまで驚いていた。
「なんですか、そのノーウォーク?って」
「の、ノーウォークって言ったら、この辺で一位二位を争う暴力組織だよ」
ザラメは震えながら答える。
暴力組織……。穏やかではない単語だ。もしかしてヘイゼルがちらっと言っていた理事長の手駒とは、この組織の事なのだろうか。
成程、マフィアとか用心棒みたいなものか。暴力で収入を得る。法律のないこの世界では、労働力をお金に換える意味で大してサラリーマンと変わりない。
ザラメが知っているくらいだから荒事に明るいうちのご主人も当然知っているはずだが、眉毛をピクリとも動かさなかった。
「それで、あんたは何て返したのよ」
「僕に勝てたら聞いてあげる、って」
「へぇ、言うじゃない」
カルダの返答にテトラはしたり顔をする。
いやいや、格好つけている場合なのか? カルダが手練れだとしても一つの組織が攻めてきたらひとたまりもないと思う。まぁ、でもいいか、こいつ嫌いだし。
「の、ノーウォークに狙われているかもしれないって、大丈夫かな……」
ザラメは助けを求める様に俺を見る。頼る相手が違うぞ、むしろ俺よりお前の方が強いからな。
「大丈夫ですよ。テトラさんいるし」
「当然ね。大船で旅する気分でいなさい」
テトラはここぞとばかりに鼻を高くしていた。
俺の他人事みたいな返事に、ザラメはうーんと唸っている。マフィアまがいの組織に目を付けられていると知っても、俺はどうも実感が沸いてこなかった。
ぐう、と大きな音が聞こえる。
「ごはん」
話について来れないクルミはずっと黙っていたが、お腹の虫には勝てなかったらしい。俺の袖を引っ張ってよだれをなぶる。最近はザラメをよく頼るが、ごはんの申し出だけは必ず俺だ。
「あぁ、そうですね。そろそろ戻りますか」
俺は現実味のない心配よりも、宿の食事では絶対に足らないクルミの夕飯をどうしようかなと思うのだった。
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