第32話 何でその事を知っているんだ?

 あのあと俺に睡魔が襲ってくることはなく、夕方頃には目的の街に着いた。職員食堂の……リアンだったか、あの緩い雰囲気のギャル悪魔、あいつの実家があるらしい。

 街の雰囲気は落ち着いているが、見慣れない建物が目に付く。すぐ傍には田園が広がり、悪魔もぽつりぽつりと居る程度でここが相当な田舎町だとわかる。

 俺達四人は車を降り、メモに書かれている住所へ向かっていた。

「ここ、ですね」

 そして、とうとう着いてしまった……。

 その家は、辺りにある民家と作りは変わらないが外壁の色が違う。遠くからでもわかるくらい印象深い色だ。屋根から敷石まで全部真っ赤。風水を信じすぎてやらかしたような家だった。

「ど、独特な家だね……」

「あかいおうち」

 俺もザラメもクルミも三様に驚く。やっぱり魔界でもこういうのは珍しいらしい。

 テトラだけは腕を組んで堂々と建物を眺めていた。

「何突っ立ってんの、行くわよ」

 物怖じせず勢いよく入口の扉を開く。こう言う時だけは頼もしさを感じるな。そしてできればそのまま一人で行って来て欲しい。

 店内もまさか真っ赤か、と思いきや普通の作りだった。棚がたくさん置いてあり、あらゆる形の器が敷き詰めるように並んでいる。ただの骨董品店に見えなくもない。

「いらっしゃい」

 店の奥からさわやかな声が聞こえる。店主だろうか。あれ、でもこの声どこかで聞いたことあるような……。

 テトラがずかずかと店の奥へ進む。俺達もその背中についていくと、店の一番奥に背の高い悪魔が座っていた。

「あっ!」

 その悪魔を見て、最初に声を上げたのはザラメだった。

 その店番は優男風の悪魔だ。長身で赤い髪、バンドマンとホストとヤンキーを足して三で割ったような風貌である。俺とテトラはつい先日会った悪魔だ。旅館に辿り着いた時に絡んできた、あの不気味な悪魔。

「おや、人間だ。昨日ぶりだね」

 赤髪の店主は、わざとらしく目を丸くする。おどけたフリをしているようにしか見えない。

「あんた、ここの店員だったのね」

「店長代理だよ。カルダって名前だ。よろしくね」

 赤髪の悪魔、カルダが握手を求めると、ザラメはクルミを庇いながらテトラの後ろへ隠れた。

「何よ、いきなり」

「こ、ここ、この悪魔……き、昨日の、あのっ」

 ザラメは見ていて心配になるくらい取り乱した。もしかしてカルダと面識があるのか? 俺がザラメをなだめようとすると、クルミがカルダを指差し、

「きのうの、あくま」

 と強張った声で言った。昨日の悪魔って、まさか。

「もしかして、昨日あんたが温泉街で騒ぎ起こした訳?」

 まさかの続きは、テトラが代弁してくれた。カルダは照れた様子で首を掻く。

「そうだよ。無礼なやつがいてね」

「へぇ。まぁあんたがどんな奴かは興味ないし、どうでもいいわ。明日までに弁当箱を作って欲しいのよ」

 いや、どうでもよくないだろ……明らかにやばいやつだぞ、こいつは……。

 優男風の悪魔は顎に手を当て、俺達四人を品定めする様に見る。

「あぁ、リアンが言っていたのは君達の事だったのか。テトラ弁当ご一行ね」

 大袈裟なリアクションを付け加えながら喋る。そしておもちゃを見つけた子供のように俺を眺めた。もし隣にテトラが居なかったら逃げ出しているくらいの、不気味な眼光。

「で、どうなの?」

「いいよ、作ってあげよう」

「二百個よ。しかも保温弁当。そんなにすぐ作れるものなのかしら」

 俺も本当に作れるか疑問だが、「ただし」とカルダは続ける。

「僕、人間が好きなんだ。彼らを見ているとドラマを感じる」

「は? なんの話よ」

「体も心もすぐに壊れてしまう所がたまらなく繊細で美しい。僕は魔界の人間に会って、色々話を聞いて感動しているんだ。だから君にも聞きたいことがある。それを教えてくれれば作ってあげるよ」

 やつは「ただし」の後からはずっと俺の方しか見ていなかった。柔らかい口調と獲物を見る目。お話と言うのが具体的に何の事を指すのか見当もつかないが、二つ返事では了承したくない相手だ。

 テトラが俺の前に立った。

「これは私の下僕なの、デートのお誘いならお断りよ」

「いやぁ、借りるつもりはないよ。この場ですぐ終わる質問さ」

 腰から体を傾けテトラの肩越しにカルダの顔が覗いてくる。それは見たら死んでしまうような、黒く、とても穢れた奈落の顔だった。

「君は魔界に来る時? それともの?」

 その言葉で肺を刺されたかの如く、俺の呼吸が止まった。

 何でこいつは、俺の過去を知っているんだ?




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