第31話「あんたはどう思ってんのよ。私の事」
温泉街を出て数時間、急に睡魔が囁いてくる。この辺りは見渡す限り何もない草原だが、たまに木だったりちょっとした岩場があったりするので、気を抜いたら大事故になりかねない。
クルミが怪我を治せるとしても、車は治せないだろう。まぁ、大怪我するのは俺だけだろうけど。バックミラーで後ろを見るとザラメとクルミは昨日と同じく寄り添って寝ている。
助手席にいるテトラも腕を組みながらうとうとしていた。仕方ない、申し訳ないがテトラに付き合ってもらおう。喋ってないと寝てしまう。
「テトラさん」
「…………何?」
眠いからかレスポンスが遅い。話しかけたタイミングが悪いので機嫌も斜め。
「昨日放火事件を起こした悪魔、どうなったんでしょうね」
「さぁ。ふぁ……ぁぅ」
そっけない返事とテトラの欠伸で、会話終了。俺は会話すること以外に睡魔の囁きを防ぐ方法を考えたが、思いつかなかった。
「朝ごはん美味しかったですね」
「うるさい。眠いの」
「奇遇ですね、俺も眠いんですよ。このままだと事故ります」
テトラは面倒くさそうに後部座席を睨んだ後、溜息を付く。道にちょっとしたでこぼこがあって俺達は同じ方向に少し揺れた。
「ザラメでいいでしょ。あんたが頼めば起きるわよ」
「もう寝てるんで、可哀想ですし」
「眠い所を起こされてる私は可哀想じゃない訳?」
「俺はテトラさんにしか甘えたくないんですよ」
正確にはこいつが主人なので、我儘を言えるのがテトラだけって意味だ。身分的に、他の悪魔に我儘は言い難い。テトラにさえ、ここ最近になってようやく我慢しないようになって来たばかりだ。
テトラの腰辺りから伸びている尻尾が少しだけくねくねしていた。
「今の、ザラメが聞いたらまたスイッチ入るわよ」
「何でですか?」
「バカね、ほんとに」
何がバカなのか全くわからない。我儘を言われても面倒なだけだろうに。
「じゃあせめて眠くならない話題にしてくれる?」
面白い話をしろと? これは中々ハードルが高い。世間話さえできれば俺は良いのに。
「じゃあ、昨日の火事を起こした悪魔と、テトラさんどっちが強いと思います?」
「私」
「分かるんですか? 直接見てないのに」
「私、腕っぷしで負けた事ないもの」
呆れを通り越して尊敬するほどの自信だ。
「そう言えば、テトラさんの悪魔名ってあるんですか?」
何度かテトラの腕っぷしの片鱗を見た事があるので、自他ともに強さは認めるとしよう。でも、悪魔の姿を一度も見た事がなかった。別に見たくないけど。
テトラは腕を組んだまま答えない。寝てしまったのかと思い確認すると、どこでもない正面を見つめていた。俺が覗くと顔を窓の風景にやってしまう。
俺は何かの地雷を踏んでしまったのかと思って焦ったが、テトラは暫くして、
「教えない」
と短く言いきった。
「ま、下僕である事が誇れるくらいには有名よ」
言葉だけじゃなく態度で「言いたくない」と示されてしまっては、それ以上踏み込めない。いずれ知る日が来るのだろうか。
あと、下僕であることを誇らしく思う日なんて来てほしくないぞ。
「終わり?なら寝るけど」
「あ、そうですね、えっと……」
テトラが何か興味を引く話題、何かあるかな。
一つだけ、思いつく。
ずっともやもやして、確認したかった事。いざ口にしようとすると咽頭辺りで詰まって出てこない。何を緊張しているんだ俺は。
「そのー、えー、何と言うかですね……」
「どうせ、昨日のキスの事でしょ」
俺はハリセンボンを踏んだ気分だった。俺はそんなにわかりやすいのか。
テトラは正面を向いていたが、再び窓の方へ顔を向けてしまった。
「昨日の俺に言った事って、本心ですか?」
内心ドキドキしながら聞いてみる。――好きよ。あれが頭から離れない。テトラも相当酔っていたし、ザラメに煽られて喧嘩を買った勢いもある。でも、テトラが?
あり得ない。
「昨日言った事って、何かしら?」
窓の外を見たまましらばっくれるテトラ。うそつけ覚えてるだろ、忘れていたら俺の言いたかったことを当てられるわけがない。
「あんたはどう思ってんのよ。私の事」
「え?」
逆に質問されてしまい俺は戸惑ってしまう。ずるい返しだ。
テトラの事をどう思っているか? そりゃあ主従関係だ。でも種族とか関係なく、一人の異性としての俺はテトラをどう見てるんだ?
考えた事もなかった。
テトラの尻尾はいつの間にか服の中に隠してあった。気持ちを知りたくてもどういう意図で聞いたのか全く分からない。もしからかっているだけだとしたら、こんなに長く沈黙は続かない。
「もう寝る」
黙り続ける俺にしびれを切らし、テトラは俯いて寝る態勢に入る。シートを倒して向こう側を向いてしまった。
「ちょ、待ってくださいよ、そんないきなり言われても」
いつもなら「うっさい」くらいあってもいいのに、テトラは何も言わない。それが拒絶に感じられて、俺はテトラの背中を眺めるしかなかった。
結局、答えは聞けず終いか。でも幸い睡魔は吹っ飛んでいった。
下り坂に差し掛かったので、俺は少しだけアクセルを緩めた。
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