第29話 シンプルに気まずい
心地よい眠りが甲高い音でかき消される。一瞬知らない天井に戸惑ったがすぐに宿に泊まったのだと思い出した。
昨日あんな事があったので眠れるか心配だったが、普通に爆睡してしまった。疲れとアルコールのせいとはいえ、俺には意外と図太い神経が通っていた事を発見する。
俺を起こした部屋の連絡器は鳴り続けていて、黙る様子はない。連絡器を取ると朝食の支度が出来たとの事だった。
「皆さん、起きて下さい」
三人に声をかけてみる。この電話の音量で起きないのだ、寝起きの俺が少し声をかけた所で起きるはずもなかった。視界に映るのはテトラに覆いかぶさったまま寝ているザラメ。テトラもまだそのまま寝ている。
昨日のアレは夢だったらよかったのに、その幻想は二人の異様な光景にぶち殺された。起きた今でも整理が付かない。
気持ちよさそうに寝る二人を見ていたら、突然俺の袖が引っ張られた。
「あ、おはようございます」
袖を掴んでいるのはクルミだった。寝相が悪いのか服がほとんど開けている。眠気眼を擦り、片手には枕が握られていた。
「おしっこ」
「トイレはその襖をあけて、右の扉です。枕は置いていかなきゃダメですよ」
いつもと違う場所で起きたからかクルミは少し不安らしい。トイレの場所を教えると、死にかけのなめくじのように向かっていった。
後ろで動く気配がしたので確認すると、テトラが半分目を開いていた。珍しいなこんなにすぐ起きるなんて。テトラは上に乗ったまま寝ているザラメを見て、無言のまま欠伸。俺は無意識に視線が唇へが行ってしまい、余計な思考をしないように口を動かした。
「おはようございます。テトラさん、起きてたんですね」
「おはよう。ザラメ、退けてくれない?」
テトラは眼鏡の人が裸眼になったような顔をする。寝起きでザラメを下すのも億劫らしい。俺が馬乗りのザラメに手をかけようとした時、彼女も丁度目を覚ました。
テトラの胸に埋まっていた顔をゆっくりと持ち上げ、まだ片目が開かない状態で下に転がるテトラの顔を凝視する。
「お、お、おはようございます」
「えぇ。暖かい毛布だったわ」
「ご、ごめんなさい」
大の字のままのテトラから飛びのき器用にそのまま頭を下げた。ジャンピング土下座に近い物を見た気がする。
いつものテトラとザラメだ。昨日の豹変ぶりはなんだったのだろう。全部酒のせいか、だとしたら二度と一緒に飲みたくない。
むくり、とテトラが体を起こしボリボリと頭を掻く。いつもなら何かと小言が飛んでくるが、今日は黙っていた。
ザラメは布団とテトラを交互に見ながら様子を伺っていて、俺の存在に気づいているのに挨拶はない。こちらから話しかけるのも何だか憚られた。
シンプルに気まずい。
この様子では酔っていたから昨日の事は覚えてませーん、と言う訳にはいかないみたいだ。
ゆっくりと襖をあけ、クルミがトイレから戻って来た。さっきよりは多少目が覚めているように見える。
「ごはん」
「あぁ、そうだ。朝食出来たみたいですよ。さっき連絡がありました。一階でバイキングやっているそうです」
「早く言いなさいよ。さっさと準備して行くわよ」
クルミ、ナイスだ。この空気に気を取られすぎて忘れてしまっていた。
「あ、クルミちゃん……おはよう」
ザラメはクルミをさっと見て、さっと首を戻す。俺には目線も合わせない。俺達はそれぞれ無言で身支度を開始する。三人が着替えると言うので
、とりあえず俺は襖の向こうへ移動した。
今はクルミのおかげで何となかったが、この先こんな空気が続くのだろうか。さすがにキツすぎる。
これは早めに何とかしなくちゃいけないな。
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