第28話 私のために争わないで、とでも言えばいいのか。



「なにサカってんのよ。人間に手を出すとか正気?」

 俺を後ろからハグしているのテトラが、寝起きみたいな声で言う。

「テト……酒くさっ!」

 後ろを向いたら酔っぱらいの匂いが鼻孔をつつく。テトラのいつもの爽やかな香りとは全然違う。

 押し飛ばされたザラメはベッドの下から顔を出した。そのままゾンビのように俺のベッドの上へ這い上がってくる。

「結構強力な睡眠薬って聞いたのに……」

「私は毒が効きにくい体質なのよ。つまり薬も効かないわ」

 ザラメは薬を盛ったことを隠しもせず、テトラも動揺せず相対する。そして挟まれた俺は察する。あかん。これは何事なんだ。

「なんで私を止めるんですか? 下僕契約じゃなくて、肉体的に結ばれるだけなら構いませんよね」

 ザラメはまるで別人のようにテトラにぐいぐい行き、いつもみたいに言動が止まる事がない。

「ユキヒラ君に特別な感情があるんですか?」

「ないわ」

 テトラは即答した。

 ないのか。まぁそりゃそうか、ただの下僕だし。……いや、何で俺残念に思ってるんだ。そうか、一応こいつは美人だし、綺麗な人に微塵も思われてなかったらちょっとショックだからか。うん、そう言う事だな。

「でもダメ」

「何でですか?」

「こいつとあんたがそういう関係になるの、何かムカつくし」

 テトラも微妙に口調が変わっている、酔いすぎでは……と思っていたら徐々に俺を抱きしめているテトラの腕が締め付けられてきた。

「あの、い、痛いんですけど……」

 また絞殺されかけるのでは、とトラウマが蘇る。

 って言うか、今の何かムカつくはどういう意味なんだろう。まさかヤキモチ? と、思いついてすぐに却下する。いつもの扱いを考えるとあり得ない。自惚れも甚だしい。

「それじゃ止める理由になりません。勝手に唾つけます」

「ダメよ」

「あ゛ー痛い! 折れる折れる!」

 子供がぬいぐるみを抱きしめる勢いで締め上げるので、俺は必死にもがいた。今度はザラメがテトラを止めてくれ、骨が折れてしまう。

 痛がる俺は無視し、ザラメは髪で顔が隠れるくらいに俯いて言葉を続けた。


「私は、人間が居ないとダメなんです。仕事をする内にユキヒラ君の良さが一杯見えて来た。今じゃ何でもしてあげたいし、何でも叶えてあげたい。気絶するくらい犯したい。死んじゃうくらい犯されたい。殺して私の物にしたい。殺されてユキヒラ君の物になりたい。これくらい想ってますか? 私に勝てますか?」


 俺もテトラも沈黙した。絶句に近い。圧倒されて返す物は何も出てこなかった。聞きなれない音が耳から抜けて行っただけに思えた。今のは告白、だったのだろうか。俺は今、悪魔から愛の告白を受けたのか。

 テトラは俺の後ろで、満足そうに小さく笑った。

「あんた、やっと本性出したわね」

 酒臭いのは変わらないけどテトラの雰囲気と口調が戻る。

「でもダメ、あげない」

「じゃあユキヒラ君の事を異性として好きと認めて下さい。ライバルなら止める事を認めて、今日は手を出さないであげます」

「はぁ? さっきから誰に口利いてんのあんた。マジで殺すわよ」

「話逸らさないで下さい。気持ちを隠す臆病者に何を言われても、全然怖くないです」

 おぉ、言うなザラメ……。俺はこの突発した争いをどうやって止めたらいいんだろう。私のために争わないで、とでも言えばいいのか。

「こんな風に喧嘩を売られるなんてね。中々根性あるじゃない、ザラメ。いいわ、買ってあげる」

 テトラは俺に回していた腕を解き、その手で強引に俺の顔をこちらへ向けた。真っ直ぐに俺を見ていて、少し照れていて、でも真剣な顔だった。

「ユキヒラ、あんたが好きよ」

 そのままテトラは俺にキスをした。


 瞬時、俺に触れていた唇が目の前に倒れる。

 ザラメがテトラを押し倒し、馬乗りになっていた。俺にした優しい乗り方とは対極で、そのまま殴りかかる勢いだ。実際、胸倉を掴んでいる。

「誰がキスしろって言ったんですか! 殺しますよ!!」

「ヤれるもんならヤってみなさいよ。雑魚のくせに」

 目の前で暴れる二人もかなりの圧だが、俺は自分の身に起きた事の方が衝撃的で、それを流せるくらい何も考えられない状態だった。整理が追い付かない。

 俺は今、テトラにキスされたのか。夢じゃないよな?

 テトラは馬乗りになられたまま、ザラメを煽るように口角をあげた。

「ユキヒラの最初のデートも最初のプレゼントも、最初のキスも、全部私のもの。一生ザラメは手に入らない」

「~~っ!!!」

 ザラメは頭を思い切り持ち上げ、そのままテトラの顔面に振り下ろした。くそ、くそ、と言いながら、何度も何度も頭突きを繰り返す。

 さすがに俺も我に返り、止めないと、と思う。が、暴走する機械に手を突っ込むようなものだ、今下手に割って入ったら俺が怪我をしかねない。

 全く抵抗を見せないテトラは薄目で痛みを我慢してるが、ずっとにやにやしていた。その笑みを見てザラメは頭突きを止める。息切れをしたまま、テトラを鬼の形相で睨みつけた。

「笑わないで! 卑怯者!」

 ザラメは普段からは想像できない金切り声で叫ぶ。耳をふさぎたくなる音量だった。

「こういう喧嘩も悪くないわ。私から奪い取りなさいよ。まぁ、無理だと思うけど」

 二人の様子は静と動だ。激しい状態のザラメを清ました顔で往なすテトラ。構図ではテトラが下なのに何故かザラメの方が見下されているように見えた。

 ザラメは乱暴に手を放し、馬乗りのままこちらを見る。

「ユキヒラ君」

「な、何でしょう」

「大好き」

 泣きそうな顔で、世界の終わりを告げるように言う。その言葉は研いだ刀ように危なっかしく、綺麗だった。

 俺はどう返していいか思いつかず「……はい」と、反応するのが精いっぱいだった。

 ザラメはそのまま、気絶するようにテトラに被さり、まさかのそのまま寝てしまう。テトラはそれを払いのけようとはしなかった。むしろ満足げな顔をしている。

 天災のような修羅場に、荒れまくった俺達の部屋。微かに聞こえるクルミの寝息だけが、ざわついた俺の心を少しだけ鎮めてくれた。

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