第27話「も、もう、寝ちゃう?」

 のぼせていたクルミは、部屋に戻って三十分もしないうちに目を覚ました。大丈夫かと声をかけるより早く、自らやきそばを口に突っ込む。心配して損した……元気で何よりだけど。

 さっきまでクルミに膝枕をして、団扇で仰いでやっていたザラメはその食い意地に苦笑した。

「ほら、大丈夫って言ったでしょ、心配しすぎよ」

 テトラは出店で売っていたカクテルを飲みながら言う。自分だって心配する素振りを見せていたくせに、今では余裕ぶっている。数分前の記憶がないのかコイツは。

「クルミも起きたんだし、あんたらも飲みなさいよ」

 テトラは片手で重そうな瓶を二つ持ち上げる。取りに来い、とばかりに左右に揺らした。

「俺もいいんですか?」

「むしろ私の酒が飲めないなんて言わせないわよ」

 魔界に来てから酒を飲む機会を失っていたが、俺も人間界に居たころは酒くらい飲んでいた。

 ザラメは高い度数の酒を原液のまま飲み始めていた。酒の量は大人数の飲み会分くらいある。まさか全部飲むつもりか? 悪魔は皆ザルなのか?

 彼女らのペースに合わせていては三十分せずに潰れてしまうので、俺は水で割らせてもらおう。二日酔いで運転はごめんだ。



 酒がほとんどなくなるころ、テトラとザラメは仲良く潰れた。俺は薄めながら飲んでいたので一本の半分くらいしか飲んでいないが、ザラメは俺の三倍くらい、テトラに至っては十倍近く飲んでいた。

 短時間に恐ろしい量を飲むな。最後の方は二人して呂律が回らない始末で、俺も多少酔っていたが素面が酔っ払いに絡まれるそれと大して変わらなかった。

 ちなみにクルミはいつの間にかベッドの上で横になっていた。結構騒いでいたが全く起きないので、途中で毛布を掛けてやった。今も熟睡している。

 床に転がっていたテトラとザラメも慎重にベッドに運び布団をかける。二人とも案外軽くて驚いた。悪魔だけどやっぱり女性なんだな。

 その後、俺は適当に寝支度をしベッドへ横になる事が出来た。

 一日の疲れが全て瞼にのしかかる。運転に力仕事に長風呂に酒、襲い掛かる睡魔に抵抗する気もない。勝手に大きな欠伸が出る。最近は勝負の事を考えてあまり寝れなかったけど、久々に朝まで起きることはなさそうだ。

「……ん?」

 眠りに身を委ねる瞬間、ごそ、と布団の擦れる音がする。隣でザラメが寝返りでもうったかと思ったがそれにしては音が大きすぎた。

「も、もう、寝ちゃう?」

「おっ?!」

 びっくりした。思わず変な声が出てしまう。

「ちょ、ど、何、どうしたんですか」

 いつのまにかザラメが俺の布団に潜り込んでいた。体が密着し、息使いまで分かる距離だ。

「テトラさんのベットに入ったって話、あれ、ほんと?」

 いきなりなにを言うかと思えば……。俺がテトラを起こしに行って、布団に間違えられた時の事か。

「ほ、本当ですけど、あれは事故ですから、って言うか、ち、近い」

 ザラメの射貫くような視線にしどろもどろしてしまう。いつもと違いすぎる、本当にザラメか、この悪魔。酔いすぎだろ。

「私、いいよ。ユキヒラ君のそういう欲求、叶えてあげる」

 何を言い出すんだ。どういう意味か考えようとしたが、そういう意味にしか考えられない。まさかこれは、そう言うやつか? 冗談じゃなく? 俺はこのまま童貞という親友に永遠の別れを告げるのか?

「ちょ、待ってください、色々混乱してるんですけど、とりあえずテトラさんがいますし」

「大丈夫、起きないよ。途中でお酒に睡眠薬入れたから。露店で売ってたの」

「す……」

 睡眠薬? ザラメは、テトラに薬を盛ったのか。

「今からユキヒラ君は私の物になるの。私は、どうしても人間が欲しいの」

 俺は体を押しつけられ、ザラメが馬乗りになる。小柄な女の子とはいえ悪魔だ、馬乗りのまま両肩を押さえつけられると振り払う事は出来ない。

「ぁっ」

 ザラメは艶っぽい声を出したかと思うと、体が密着している股の部分を一瞥し、ゆっくりと俺の顔へ目を這わせる。

「これって、準備出来てるって事でいいよね?」

「いやっ、これは……」

 そりゃ可愛い子が上に乗ってるんだ、男なら誰だってアレが戦闘モード第二形態になる。しかし今はダメだ、薬を盛ってまでこんな事をするなんて常軌を逸している。普通に怖い。

「と、とりあえず落ちついて……酒の勢いとか、よくないですよ」

「お酒の勢いじゃないよ。私は――」

 このままだと本気で犯されると思った時、突然ザラメが横へ突き飛ばされる。そしてすぐに、俺はザラメが吹っ飛んだ逆の方向に体が引っ張られ、背中に柔らかいクッションが当たる。

 引っ張られた体に腕が回される。全身をぎゅっと包むその腕には、俺がプレゼントしたブレスレッドが身に付けられている。

 睡眠薬で潰れていたはずのテトラが、俺のことを後ろから抱きしめていた。

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